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緊急手術 [コロンビア 2016]

いつもながらそんな訳で昨夜Caliへ移動するという手筈だったのだが。。。

またまたやらかしてしまった。。。とほほ

昨日、現在お世話になっているCamiloのお宅で一番下の女の子Martinaと朝から遊んでいた。。。
さすがにお昼すぎには一旦疲れて昼寝させてもらったが、起きたらまたMartinaに"Tomo! Tomo!"と叫ばれる始末。わははは
いや、もうMartinaもメッチャクチャ可愛い♪
で、調子に乗って遊んでいたところ...ベッドの脚に激しく左足の小指をぶつけるっ!!
ひぇ~。。。イテェ~。。。イテテイテテイテテイテテイテテーオッ!!

ぶつけただけかと思ったら、出血。。。
自分では確認できなかったのだけれど、ザックリと切れてるから病院へ行かなきゃと、救急病院へ連れていかれるハメに。。。

で、結果はやはり5針は縫わないといけないというかなりの重症度合であることが判明。。。

が、話はここからややこしくなる。。。ラテンアメリカならではの展開が待っていた。わはははははははははははは

けれど、もちろん、保険のない外国人旅行者、初診料だけで100ドルは掛かる。治療費や薬剤を含めると250ドル-300ドルくらいは掛かってもおかしくはないという話。もちろん、仕方ないし、幸いにもお金はあるし...と思ったが、Claudiaが高過ぎると医師相手にいろいろ相談し始める。いや、お金はあるんだと言ったのだけれど、彼女はわたしに世話になってるし、自分の子供と一日中遊んでくれていてこうなったのだから彼女が払うと言ってきかない。。。
彼女が払うというのだが、高過ぎるから他の方法を探すのだと言う。。。いや、他の方法って??
...と思っていると、電話をし始めた。どこへ??

なんと息子の彼女のお姉さんが外科医だからとそこへ電話して頼み始めた。えーーーーっ!?
息子と彼女のVeronicaはもう4年以上付き合っているし、わたしも何度も逢ったことがあるのだけれど、それだけの話。
Claudiaだって、Veronicaのお姉さんに逢ったことがある訳でもなし、況してやお母さんに逢ったこともないと言う。
それでも平気でどんどん電話して、事情を説明して、必要な道具や薬はこっちで買って持っていくからとそのご自宅で緊急手術してもらえることに。わはははははははははははははははは

なんとご一家はお父さんを除いて、全員が病院勤め。母親はベテランの看護師、ふたりの娘さんはひとりが外科医で、Claudiaの息子が付き合っている次女は現在大学で医師を目指して勉強中。。。
おまけに長女の彼氏も外科医で、偶然居合わせた。

彼氏も含めて全員、ユニフォーム姿でお出迎え。。。恐縮するわたしの傍らでClaudiaたちは挨拶もそこそこに雑談を始める。わはは
これがラティーノ!! 

で、3人係りで手術開始。
慣れた手つきで縫合が始まるが、電話で相談した時に話したより状況はもっと複雑らしいことが判明。
まず足の小指を半周くらいザックリと深く切っているということ。
それは小指の裏手を楯にパックリと開いている上、小指の股部分は付け根の底部分でどうやって縫うかが問題。しかも足の裏の皮膚が分厚くて硬く、針を通さないことが判明。。。差し込んでも皮膚から出て来ない。。。針がどんどん曲がってしまう。。。

8時過ぎから12時まで掛かってご自宅のリビングで手術という有様。ホントに申し訳ない。。。
迷惑すぎるよね。。。でも嫌な顔ひとつせず、正真正銘、赤の他人でしかないわたしの血まみれの足と格闘してくださる。

だがどう足掻いても5針のうち、3針しか縫えない。もう曲がってしまった針も尽きて、お手上げ。。。
わたしはというとホントにこういう怪我に無頓着なので、もう途中から無理ならテーピングで自然癒着はできませんか??と尋ねていたほど。
そもそももし自分一人で怪我していたら、2-3日様子を見て放っておいたことは間違いない。わはは
わたしはそういうタイプ。。。

ということで、夜中12時に万策尽きてテーピングをしてもらって様子を見るということに。
いや、ホントにありがたいし、申し訳ないし、病院で300ドル支払ってもよかったのに、と思う始末だが、快く治療を引き受けてくださった皆さんには感謝しかない。
おかげで、今日は出血もなく、痛みもなく、快適に(もちろん、足を労りながらなのは言うまでもないが)過ごしております。

長距離バスのチケットは無駄になってけれどそんなもの自業自得。
みなさんにお掛けしたご迷惑を想うと肩身が狭い。。。

おまけにバカげたことに、なんと手術中にハンバーガーを食べていたわたし。。。ひーーーー。
いや、もちろん了承を得ての話だが、麻酔注射をされて縫合手術を受けながら食べたハンバーガーの味は忘れません。わはは

そんな訳でCali移動は延期。。。とほほ




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Mi amorcita Kaori!! [コロンビア 2016]

さて。。。そんなこんなで想像以上に慌ただしくしておりまして、なんとまだ逢えてなかったりする友人がたくさんいる。。。

ひとつにはClaudiaがどんどん舞い込んでくる仕事にわたしを巻き込もうとする所為で、わたしの予定がひっちゃかめっちゃかになるということ。ふたつめは、アパートメントの立地が中心部から遠く、しかも最寄りの駅からも坂道をずっと登ったところにある訳で、とても動きにくいということ。もちろん、Claudiaにはすっかりお世話にもなっているのだけれど(その分、お世話もしているのだけれどね。笑)。。。。わははははははははは

さて、中南米ではいろんな予定がどんどん変わる。
今朝になって明日のTV番組収録が中止に。理由は他の番組収録のしわ寄せでスタジオが使えなくなったということ。。。
先方は簡単に"日付が変更になったの"と連絡してきたようだが、わたしの都合はそうは問屋が卸さないって訳だ。わはは
ムリ。。。来週なんて言われても無理。
そんなこんなで後はどうするのか知らない。。。Camiloに教えてあるからと伝えたが、tv局としては、日本人のわたしに出て欲しいらしい。。。(※だったらなんとかしろっつうの! 笑)

そんな中、金曜日の朝9時半にMedellinを出発して、目的地のMontelibanoに夕方5時半に着くという長旅の末、なんとかTaniaとKaoriたちに逢って来ました♪Kaori可愛い~っ♪
迎えに来てくれたふたりと逢った瞬間、Kaoriが抱きついてきた♪もう、オジサン堪らんわ~♪ わははははは
いや、ホント贔屓抜きにしてKaoriは可愛い♪
2年前、3才の時に一度逢ったきりなのに、Taniaがわたしの写真を見せて都度都度話題にする所為で、しっかりとわたしのことを覚えてくれていた。
実は彼女たちがMedellinへ来るという話もあったのだが、直前になってKaoriがMedellinには行かない。わたしにMontelibanoへ来て欲しいとゴネだした。。。そんな訳でわたしが出掛けることに。
 
だが、その裏にはいろいろ切ない話があったということがおいおい判明する。。。

 もうすっかりお忘れになったかも知れないが、今年に入って父親のJavierが浮気をして家を出ていってしまった。。。
あんなに猫っこ可愛がりしてたKaoriを捨てるなんて信じがたいのだけれど、それが真実でもある。
もちろん、彼はKaoriの親権を取りたいと言っているらしいが、そうはいくもんかっ!!

で。。。TaniaとKaoriは今は別の家を借りてふたりで住んでいる。
Javierは時々Kaoriに逢いに来ている様子。(男ちゅうのはホンマに。。。以下自粛。笑)

 そんなこんなでやはり寂しい思いをしているKaoriだが、幼稚園に入ったばかりの頃、名前が珍しいと少しばかり揶揄われて"名前を変えたい"と泣いたりしたことがあったらしい。。。そんなこんなで名前の由来というか意味などを説明する為にも、都度わたしの名前や存在を説明してきた様子だ。わはは
幸いにも現在は、Kaori自身、自分でも名前を気に入っていて、幼稚園でも揶揄われることはなくなったらしい。
その過程で、Kaoriが小さな友達や先生たちに説明したのが"わたしにはTomoという日本人の伯父さんがいるの。だから日本人の名前なのよ"ということらしい。。。もちろん、誰もそんな話すぐには信じてくれない(なにしろMontelibanoには外国人なんて誰一人いやしないんじゃないかってくらい田舎町だから)。。。だからどうしてもわたしを幼稚園に連れて行きたかったらしい。わははははははははははは(いや、笑っちゃいけない。切ないよね、ちょっと。)
 だからわたしが彼女たちの家に着くなり、隣近所にわたしを紹介して回る!!
何処へ行ってもわたしにぴったりくっついて、わたしを知り合いに紹介してくれる♪
Kaoriも辛いことを乗り越えていくんだね。。。頑張って!!

 だがtvの収録準備をしなければならなかったわたしは日曜の朝には出なければならない。実質1日と半分も彼女たちと一緒には過ごせない訳だ。ホント申し訳ない。。。(※中止になると分かってたら居れたのにねぇ。。。)
 そんなKaoriのベッドで寝るわたし。わはははははははははははは

到着した日は近所や親族に挨拶周りして、晩御飯を食べに出掛けて、もうおやすみの時間。
翌朝はKaoriの希望でParque Ecologicoという自然公園に。
広大な自然保護区の一部をホテルやプール、レストランに動物園といった形で解放している。
可愛いKaoriはもうわたしにぴったりくっついたままだ♪

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夜、Javierが顔を出す。。。Taniaはまだ彼を愛していてやり直したいとさえ思っているので、彼を拒否したりしない。
わたしとJavierだって友人関係だ。説教でもないが、落ち着いて彼にやんわりと話をするが、都合が悪くなると黙り込んでしまう。。。(男ってやつわ!!苦笑)
 詳細は省略するが、いつかふたりが元の鞘に収まればいいなと願うばかりだ。。。難しそうだがやはりそれがKaoriの為に一番なのだ。

そして翌朝、再びわたしはバスに乗る。。。Kaoriは当たり前のように泣く。。。ひーーーー。。。
今度は朝9時45分のバスに乗って、片側一車線の山道で、次々に大型トレーラーに阻まれてなんとMedellinに到着したのは6時半過ぎ。。。お昼休憩停車が午後3時過ぎという腹減りまくりの旅。。。もうクタクタ。。。

その日のうちに(日曜日)、EAFIT大学の香里さんにちょっとしたお土産を渡すつもりでいたのだけれど、とてもじゃないけれど一旦Camiloのアパートまで戻って、お土産持って出掛ける気力はなかった。。。
ホントに慌ただしい。。。ゆっくりさせてくれ~。。。

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さて、ともかくもわたしは24日にはCaliへ移動する。
Caliの友人のひとりMarisolは今日連絡したら、ちょうど入れ替わりでMexicoへ旅行するらしくとても残念だが彼女とは逢えない。
ああ、彼女の絶品パエリアを食べたかったのに~っ!!ちくしょーーーーっ!! わはははははははははは
(かつて仕事をさせてもらったスペイン・レストランのシェフで、以前より格段に腕を上げたのが写真を見るだけで分かる。)

以前やはり仕事を通じて知り合った元シェラトンホテルのレストラン部門統括マネージャーである友人Nicolasは、現在独立していて、寿司を再び学びたいと言っているが、果たしてそんな時間的余裕があるかどうか、だ。。。。

 話を戻して、今日やっと以前働いていたKabukiに顔出ししてきたが、以前にも書いたように(そしてわたしが出る時に予想していたように)、レストランはすっかりMenuも変わっていて、もはやかつての面影はない。
なんと寿司はたったの7種類の巻き寿司しかないっ!! (驚き!!)
まあ、オーナーが寿司を見るのも嫌いという変人だから、すぐにでも寿司はなくなるだろうと予想していたのだけれど。。。
そもそもCocina Japonesa Kabukiだったものが、Cocina Peruana y Japonesa Kabukiに変わってしまっている訳で、中途半端な料理ばかり出している。Menuはさらに小さくなって、ほとんどのスタッフも入れ替わってしまい、お店に行ったもののなんだかちょっと哀しくなってしまう有様だった。。。当然、店はガラガラだ。。。ひー。。。
ダメだ、こりゃ。。。

 
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蛇と孫とお爺ちゃん。。。ひーーーー。

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さよなら、コスタリカ、いったい何度目だよ、コロンビア  [コロンビア 2016]

いつもながら...そんな訳で、8月28日付けでChile Rojoの仕事を終え、1週間ほどのんびりと移動の準備をして、途中ふたりの可愛い素敵なお嬢さんたちをお迎えして、すっかり日焼けしました。わはは

そんなこんなで9月7日の朝にPuerto Viejo(Costa Rica)を出て、国境を越えて、翌朝4時前にPanama Cityへ。
またまたバスターミナル難民すること5時間。。。
そしておっちらほっちらと前回宿泊したホスタルへ。
もうクタクタ。。。爺にはしんどい移動。。。

で、前回逢えなかった友人Soheilと再会♪
彼とはレストランのmenu作りの仕事を通じて知り合ったのだが、ホントに友情を感じ始めたのは、寧ろPanamaを出た後だろう。偶然にもわたしたちは同じ年なのだが、もちろん、他に共通する部分なんて料理くらいしかない。わはは
以前にも書いたことがあるが、彼はイラン人で、イラン=イスラーム革命後、彼の家族はカナダへ移住(亡命か?)した。
彼はその後、アフリカの一流ホテルでシェフとしてのキャリアを積んで、20年前にPanamaに移住してきたという人物だ。
彼の家族はイスラーム教徒だが、当然、世俗派の資本主義的価値観に重きをおくファミリーであり、彼自身は世界宗教的な価値観で生きている。わたしとは色んな意味で異なるけれど、彼がEcuadorやColombiaでのわたしのシェフとしての仕事ぶりを見て、わたしなんぞに対する敬意を深めてくれて、わたしたちの交流も同時に深まったきたという形だろうか?
ともかくもそんな訳で、わたしたちはFacebookを通じて、友情を強化してきたと言える。

彼のレストランを訪れると大歓迎だ♪
マネージャーの女性と一緒にもう本当に心からわたしなんぞを受け入れてくれる。
彼の家に宿泊しろ、いつまででも居ればいい、彼のマンション屋上に大きなガラス張りのプールがあるから今からのんびりしよう♪とお誘いに枚挙がない。わはははははははははははは
例のパナマペーパー以来、金融業を最大の収入源とするパナマ経済は冷え切ってしまっているけれど、なんとかわたしと組んでレストランを出してみたいから、もう少し時期をみてまた誘うから、と何度も詫びるようにわたしに言う。
いや、ありがたくも申し訳ない。。。

だがそんな彼も、すっかり痩せてしまったのと、どうにも落ち着かない風で、それが気になったのでいったいどうしたのか?と尋ねてみた。
と、返ってきたのは、パーキンソン病というやつだった。。。
モハメッド・アリですっかり有名なパーキンソン病はちゃんと服用を続ければ、命には関わりがないけれど、手足の震えを抑える為の薬は、今度は身体全体が落ち着かず、身体全体でチック症状に近い動きをみせてしまうらしい。
そんな彼だが、病気にもめげず、自身のレストランの他にシティの3つの一流ホテルの総監督アドバイザーとしての指導に当たっている。
もっとも金持ちの家族経営ばかりのPanamaのホテルは、ストレスで大変だと嘆いていた。
なんでもどこもホテル業界で働いたことのない親族一同がホテルの役職をすべて占めているので、どうにもこうにも話が通じず、喧嘩ばかりなんだと言う。簡単に想像がつく。。。わはははははははははははははははははははは

そんなこんなで食事もご馳走になって、一緒に写真を撮る♪
不思議な縁を感じる。。。

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そそ、Puerto ViejoのAndrewもイギリス人ながらケニア生まれで、現在彼のファミリーの何人かはカナダに住んでいる。そしてやはりシェフだ。ふたりならもっと共通する部分があるかも知れない。SohielとAndrewなんか機会があったら紹介したいふたりだ♪

さて、そんなこんなで慌ただしく10日の夕方にはPanama Cityを発つ。。。
そして夜8時にはMedellinに着く。
CamiloとClaudiaたちが迎えにきてくれる。
小さなプリンセスMartinaもわたしを迎えにゆくと一緒だったが、空港に着く前にぐっすりと寝てしまっていた。わはは
そんな訳で、現在はCamilo宅に居候中。。。

少しゆっくりしようと思ったのだが....そうは問屋が卸さない??
Camiloは現在、パーティなどの出張ケータリングで生計を立てているのだが、翌日は日曜日ということで、午後からパーティの予約が。。。まあ、お世話になっているので、お手伝いもやむないか、と。。。わはは

午後3時から6時のパーティだが、当然準備もしなきゃならない。。。
ああ、しんど。わははははははは
いや、十分お世話になっとりますです。。。が、
が...
tvなんぞには出たくない。。。
わたしに相談もなくローカルtvの料理番組出演を決めてやがった。。。コスタリカに居た頃、一度、はっきり嫌だと断ったのに。
なんでわたしがtvに??
実は以前にも彼女の番組には出演させられたことがある。その時はレストランKABUKIの宣伝があったので仕方なく承諾したが今回はわたしの仕事じゃないっ!!
でも、もうスケジュールは決定されている。。。来週の火曜日。。。わたしはぶっつけ本番的な仕事は大嫌いなのだ。
そもそも今回はあらゆる意味でただの旅行者なのに。。。わはは

お好み焼きを紹介して欲しいというリクエストまである。。。
コロンビアのtvでお好み焼き作りを教えます。。。なんじゃそれ??わはははははははははははははははは

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前回出演時の宣材写真。。。
 


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あてにならない予定。 [コスタリカ 2016]

 そんな訳で、いよいよコスタリカを去る日が近づいて来ました。
 なかなか後任というか新しいアシスタントが見つからずとっても不安でしたが、なんと2日前に急遽アメリカ人女性のアシスタントが見つかり、詰込みで仕事を教える毎日。キッチンでの経験はゼロだけれど、幸いにも覚えはいいし、手先は器用。まあ、別に後任のシェフを育成するのではなく、現在寿司場で働いている女性Coniz独りでは到底不可能なので、そのアシスタントが必要というケースなのでなんとかなるでしょう。
 AndrewとIkukoさんたちには、戻ってきてずっと働いてくださいよーと言われている。とっても有り難い言葉だし、ここは本当に仕事しやすい環境を整えて戴いていてストレスもほとんどなく(わたしにしては稀有だ。笑)、この土地も大好きなのだけれど、先に進ませて戴くことに。

 取り敢えずChile Rojoでのお仕事は28日(日曜日)までとさせて戴いて、少しコスタリカの余韻を愉しみつつ、落ち着いて荷造りをして、月末にはちょっとお客様を迎えしたりしつつ、9月7日の朝にはここを出てPanama Cityへ向かいます。(再び16時間の行程+5時間ほどバスターミナル難民。。。汗っ)

 9月8日の早朝4時半にPanama Cityのバスターミナルに着いて数時間行くあてのない難民状況を愉しんだあと?、Cityでまたちょこちょこお買い物など愉しんで(これはホント♪)、友人たちにも会い、9月10日夕方の飛行機でMedellinへ。

 Medellin到着は午後8時過ぎ。
取り敢えず、Camiloたちと合流して2-3日泊めてもらったあと、TaniaとKaoriたちに逢いにMontelibanoへ片道5-7時間のバスの旅。彼らと2日間ほど過ごしたら再びMedellinに戻って2泊ほどしたら、今度はCaliの友人たちにご挨拶に、と忙しくバタバタする予定。
なんとCaliには真っ白なcolibri(ハチドリ)が生存しているということで、現在情報収集中~♪
どしても見たい~!!
それはそうと今回はMedellinでは働きません。わはは
正確には分からないけれど長くてもColombia滞在は2週間ほどで切り上げて、そのあと陸路Ecuadorへ。

 QuitoとMantaで同じように3週間ほど過ごす予定。
まあ、Mantaの状況が分からないけれど、もちろん、メンテというか、この3年間でわたしが学んだこと、同じ3年間で彼らが変質してしまったこと、このふたつの課題をなんとか融合させてMAIDOの軌道修正をしたいと思っています。
但し、Davidが望んでいるような形で"仕事をする"つもりはありません。
前にも書いたように彼からは首都QuitoにMAIDO2号店を出店したいので、わたしに契約して欲しいと言われてます。
けれど今回はホントにそういうつもりなく(強盗にでも合って全財産盗まれたりしない限り資金的にも十分な余裕があるので)、メンテナンスをしたら、サヨナラさせて頂きます。

で、また陸路EcuadorからPeruへ。。。というところなんですけれど、ここでひとつ計画が♪(未定)

 いや、やっぱりどうしてもこの旅の心残りはMexicoの"死者の日"の祭り。。。
各国で墓地文化を写真に収めて周っているにも関わらず、実はMexcoに居た時はそういう意志というか、まだ墓地文化に対する興味が沸いていなかった所為で、Mexicoの墓地文化についてはほとんど写真もなく、況してやラテンアメリカ最大の墓地文化でもあるMexicoのEl dia de muertoが欠けているのはとても残念。。。
その後、毎年のように死者の日の写真を目にする度にどうしても...という想いが募っていた。
今回は幸いにも、ポケットにはアルゼンチン入りしてからの滞在に十分な余裕がある♪
(この旅始まって以来の最高額。いや、普通の旅人よりは遥かに少ないと思うけどね。わはははははははは)
それにOaxaca, Mexicoには友人たちもいて、いつでも歓迎してくれる様子。
Ecuador - Oaxaca 間の飛行機代を調べたら、意外と安い。ガソリン税や空港使用料など含めて$500代でなんとかなりそう。だったら10月1日の前後2週間くらいMexico往復してみるのもいいかも??と検討中♪


 さて、もちろん、いずれにせよ、その後はEcuadorから陸路でPeru入り。
PeruではLimaに数日滞在するつもりですが、その程度。
まあ、Limaに寄ったら、絶対中華街で飲茶食べないとね♪わははははははははははは
Limaでも知り合いにご挨拶したいと考え中。
もうどの国にもたくさんの友人がいるので彼らに逢うのも本当に楽しみ。

 で、いよいよChileに。
いろいろ調べた結果、パタゴニアの観光もAregentin側からの方がアクセスがいいようなので、Chileは国境を越えたらまずはアタカマ砂漠でフラミンゴを見てみたい♪それは3-4日の観光なのでそれが済んだら一路Santiago目指して、荷物を預けたCarlos宅へ。(Chileルートか、Argentinルートか検討中。)

 もう自分でもびっくりだが、2015年の6月に、3ヶ月ほどNicaraguaとCosta Ricaにバケーションにゆくからちょっと荷物を預かっておいてくれと彼に頼んで以来、1年と4ヶ月ほどの歳月がっ!! わはははははははははははは
そんな訳で、彼には大好物のカレーとコロッケをたくさん作ってやると約束しています。わはははははははははは
そういう訳で、3日くらいはSantiagoで彼の家に滞在して、その後はArgentin国境へ向かいます♪

おそらくは、11月中にはArgentin入りできる予定、予定。。。わはははははははははははははははははは


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まだまだ早すぎるシリア内戦総括。。。 [コスタリカ 2016]

2011年の1月に始まったシリア内戦もすでに5年半以上を経過した。。。


2014年6月にはISISが国家樹立を宣言。
2014年9月にはイラク領内のISISに対する米軍をはじめとした国際社会の有志連合による空爆が開始され、翌2015年には当初限定されたイラク領内だけではなく、シリア領内に対しても空爆を行うようになった。
2015年1月-2月 シリアでISISにより邦人人質2名が殺害される。
2015年2月 ヨルダンがシリアに大規模な空爆開始。
(サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連合、バーレン、そしてヨルダンのアラブ五カ国が爆撃に参加。)
2015年7月 トルコが初めてシリア国内のISIS拠点を空爆。
2015年10月 ロシアがシリア政府の依頼によるとして空爆開始。
2015年11月 フランスが自国内でのテロ行為に対する報復的措置としてシリア空爆開始。

 もはやシリアはひとつの独立国家としての体裁を整えてはいない。
シリア内戦が始まって2年以上経った頃、わたしは"人々は自らの血に学ぶしかないし、でなければ、アサドは無人の荒野を支配するがいい。"(2013年9月)と書いた。
 (※その同じセリフは2011年4月、リビアのカダフィについても書いている。)
 もちろん、その意味は米国の空爆決定に対して内戦に干渉すべきではない。空爆は愚か、如何なる国も反政府軍に対する武器・資金援助などすべきではない。ただ国民だけが如何に非情な国家独裁者に対してであろうとも、自らの血を流して、自らの未来の為に立ち上がる権利があるのだということだった。
 幸いこの時はロシアの画策によって米国は空爆の実施を見送る形となったが、CIA、イスラエル・チャンネルを含む米国の表裏に渡る反政府軍支援は留まるところを知らず、その援助はISISの勢力拡大に大きく寄与することとなってしまったのはご存知の通りだ。

 もう一度、繰り返すが、シリアはもはや国家としては機能していないし、ひとつの国家には戻りえないところまで来てしまった。
現在、シリア各地を独自に占拠しているグループは大きなものだけでも、
1.アサド政権
2.クルド民族勢力
3.ISIS
4.ヌスラ戦線
 の4つとなり、さらにその他の反政府勢力が群居して1/4にも迫る地域を群雄割拠というか占拠しているらしい。
無論それらは実際には点でしかない。町単位の点に過ぎないけれど、大まかに色分けすると確かに分割されているような様子が見てとれる。
 一方で、もはやとうに民主化勢力などという国民デモ勢力は各武装勢力の前に完全に姿を消してしまった。。。
(実はそれが最大の問題なのだ。後述。)

色分けされたものを見ると、大まかに言えば、東のレバノン国境に沿うラインをアサド政権、北部トルコ国境地帯をクルド民族、西部イラク国境から中心部をISIS、南部ヨルダン~イラクよりの部分をその他の反政府勢力という風に、4分割され、ヌスラ戦線は各地を転戦、また要所に点在していて領域的な支配性には重きをおいていない(おけない)模様だ。

5年間という長期に渡るこのような領土合戦は内戦の固定化の原因にもなっているし、一般市民に多大な犠牲を払わせる構造を創り上げてきた。そもそも政権中枢であるダマスカスが南東部ほぼレバノン近くに位置している所為で、国土全体の支配度、統率度は当然低かったと言ってもいいだろう。しかもシリア高原を挟んでイスラエルと接しているというこの地域独特の地勢を考えるとシリアがこれまでともかくも安定した政権運営をして来れたことの方が不思議でもある。

もはやアサド政権には再び、全国土を統率するような力はまったくない。
寧ろ、今後は退陣=亡命を本気で考えるしかないのも事実だろう。
だがもしも、そうなると空白化した首都ダマスカスからレバノン国境沿いの地域目がけて、反政府勢力が凌ぎを削って侵攻してくることになり、レバノンを含む別の国際紛争拡大を懸念しなければならなくなる。この地勢図が、国際社会にアサド政権撲滅に二の手を踏ませているとみていいだろう。
アサドを退陣させて尚、現在のアサド支配地域を国際社会がなんらかの形で国際平和管理領域として確保できるなら、国土を4分割からさらに細分化して連邦州制なのか、連合国制なのか分からないが、なんらかの分割統治制を敷いて(強いて)、ISISを孤立させ、ISIS勢力支配領域をヌスラ戦線に一括統治権を認めて(その代わりに国際管理領域には出だししないという交換条件で、だ)、ヌスラ戦線とISISの同士討ちというか、ヌスラ戦線と他の反ISIS勢力の統合を目指してISIS討伐に当たらせるしかないような気もする。

もちろん、これはとてつもなく困難なことだろうし、相当な年月を要するだろう(今後10年-20年続く紛争となってもひとつもおかしくはない)。けれどここまで長期化、固定化しつつある分割領域紛争は、分割統治による以外にどんな停戦~終戦にも至る術を持たないのも事実だろう。

そもそも国際社会が現アサド支配領域を固定化し、それを管理(または委任)統治すること自体がとてつもない不可能性と共にあるのだから、夢のまた夢というべきなのかもしれない。けれど、たとえこのまま10年が過ぎようとも、いずれは疲弊した各勢力=戦闘員らが停戦を求め始めるのも自然な成り行きなのだ。
だからいずれその時は来る。

その一歩としてアサドの首根っこを押さえつけて、退陣と民主化への道筋を保証しつつ、国土の分割統治と国際援助を餌にISISを除く反政府勢力に停戦とさらなる領土問題(領土侵犯)の不存在を認めさせ、ISIS討伐に向けて各勢力の統一戦線を結成させなければならない。
それはもう本当に気の遠くなるような困難さと年月を要するそれ自体、巨大な障壁=巨大な問題であるし、将来に渡っても火種であり続けるだろう。
けれど、けれども、それ以外にはどんな方法もないし、それ以外のありとあらゆる道はISISに支配領土と支配人民を与えてしまうことになるだろう。(※暫定的な手段としてそれを認めてしまうのが最も愚かな選択だ。)

本来は冒頭に書いたように、内政不干渉を徹するべきだったが、すでに国際社会は首を突っ込んでいるし、もはやシリアは国家ですらなくなりつつある訳で、ここまで来たら周辺国家の安定と、少しでも多くの国民の生命財産を守る為に、国際社会は断固としてアサドの首根っこを押さえつける必要がある。アサド本人に対しては特殊部隊でも、スパイ工作でも、なんでも使用することが認められてもいいだろう。

もちろん、国際社会側の最大の問題はロシアと米国の対立軸だ。
ロシアの徹底した拒否と米国の尊大な態度は、すべてをさらに長期化させることしか導かない。
彼ら2国のメンツの為に今後さらに数十万人~数百万人の犠牲者の山が築かれるのだろう。。。



最後に、"一方で、もはやとうに民主化勢力などという国民デモ勢力は各武装勢力の前に完全に姿を消してしまった。。。(実はそれが最大の問題なのだ。後述。)"と書いたことに触れておこう。

何度も書いてきたが、あらゆる国内紛争に対して、国際社会は内政不干渉を執るべきなのだという主張は変わらない。
それに対する反論はナチスのユダヤ人虐殺を防げになかった点にあると主張される。
大量虐殺ジェノサイド。。。
だからルワンダの虐殺まで、国際社会は曲がりなりにも、内政不干渉を保とうと努力をしてきた。(冷戦構造の裏で米ソが代理戦争を繰り返してきたのは、まさに内戦干渉に他ならないのだが。)
だがルワンダにおける民族大虐殺がジェノサイドとして、内政干渉への道筋を開くと、続いて旧ユーゴスラビア連邦解体においても同じような主張がなされ、さらにコソボ虐殺が認定されたことからセルビア空爆への道が開かれてしまった。
そしてイラクにおけるクルド民族の虐殺は、化学兵器の使用と相俟って米国の利権に基づく力づくの空爆行使を認めてしまった。
もうその後はご存知の通りだ。
もはや冷戦構造が崩れ去り、自国の独り勝ちだと勘違いした米国はソマリア、スーダンと空爆し放題となる。
そして或る意味では当然の帰結として、起こるべくして9.11を迎える。。。
アフガニスタン空爆~イラク空爆、イラク侵攻。。。
それはそれまでの仮初のすべての世界秩序を破壊してしまった。。。名ばかりだった正義は完全にその言葉の意味を失ってしまった。。。

今回もまた米国は2013年9月、最初の空爆決議の実行を見送って以来、CIAやイスラエル・チャンネルを含む米国の表裏に渡る反政府軍支援を拡大し続けてきた。その直接的結果として、米国は、シリア国内の民主化勢力を壊滅させたのだ。
どういうことかお分かりだと思うけれど、解説しておこう。
今となってはもはや怪しい感もあるが、シリア反政府活動はそもそも民主化運動が発端とされている。
(アサド政権は外国勢力のスパイ工作活動によると主張していた)
その反政府デモ活動に対するアサド政権の過剰な暴力的制圧がさらに事態を拡大させた訳だ。
その拡大する事態の中で、米国は民主主義勢力を支持するとしながら、シリア国内の反アサド武装勢力に対して資金・武器援助を行ったのだ。
民主主義勢力を支持すると言いつつ、武装勢力を支援するという愚策だ。
それもひとつやふたつの武装勢力ではない。反アサド政権を掲げた有象無象の武装勢力に対して資金・武器援助を与えたのだ。その中にはISISやISISに繋がるものもたくさんあった。反アサドを掲げるイスラーム原理主義武装勢力を育てておいて、民主主義勢力を支持するという発言のなんとバカバカしいことか。
おぞましいことだが、いまだに世界の諜報活動や武力紛争においては、"敵の敵は味方"だとか、"敵同士の潰しあい"という論理が金科玉条とされている節がある。魑魅魍魎の裏社会において、それらは直接行動を控える中で成果を導く為の唯一の手段であると掲げられている様子だ。
 そうやって武装勢力を支援することで(当然、生き残るのは殉教をも厭わない過激なイスラーム傾向を持った集団になるのは異論を待たないだろう)、民主主義勢力はその暴力の連鎖の中で押しつぶされてしまうしかない。
 こんなバカな理屈も分からないで内政干渉する権利がいったいどこの国にあるだろう?
米国の考えでは、実践は武装勢力に任せて(イスラーム原理主義も問わず)、反政府勢力代表会議では民主主義派に実権を取らせようと図ったというべきだろう。けれどそんなバカげたことが罷り通るはずがないではないかっ!?
 しかもアフガニスタン国内では北部のアフガニスタン反政府組織であるISISをシリアへ送り出すことで勢力減少を狙ってVoice of Americaで支援すらしている。だが一方ではシリアへ向かうイスラーム兵士たちとは別に、イラク国内で勢力拡大を図ろうとするISIS壊滅を掲げるというデタラメぶりだ。

 もちろん、シリア内戦についてはまだまだ不明な点(疑問)もたくさん存在する。
そもそもかつてのレバノン内戦に当たっては、レバノン侵攻を企てたイスラエルがぴくりとも動かない。
イスラエルにとってはゴラン高原の所有を巡ってシリア政府との間に長年の紛争ネタを抱えている訳で、この機にゴラン高原を超えてシリア侵攻を企てても何一つおかしくはない。
少なくともゴラン高原ですら動きを見せないのは普通ではない。
先日書いたようにISISとイスラエル間の密約があることも考えられる。けれどそれにしてもイスラエルの静観姿勢は彼らの通常のやり口をみてきた経験からすると奇妙過ぎる。




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