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あてにならない予定。 [コスタリカ 2016]

 そんな訳で、いよいよコスタリカを去る日が近づいて来ました。
 なかなか後任というか新しいアシスタントが見つからずとっても不安でしたが、なんと2日前に急遽アメリカ人女性のアシスタントが見つかり、詰込みで仕事を教える毎日。キッチンでの経験はゼロだけれど、幸いにも覚えはいいし、手先は器用。まあ、別に後任のシェフを育成するのではなく、現在寿司場で働いている女性Coniz独りでは到底不可能なので、そのアシスタントが必要というケースなのでなんとかなるでしょう。
 AndrewとIkukoさんたちには、戻ってきてずっと働いてくださいよーと言われている。とっても有り難い言葉だし、ここは本当に仕事しやすい環境を整えて戴いていてストレスもほとんどなく(わたしにしては稀有だ。笑)、この土地も大好きなのだけれど、先に進ませて戴くことに。

 取り敢えずChile Rojoでのお仕事は28日(日曜日)までとさせて戴いて、少しコスタリカの余韻を愉しみつつ、落ち着いて荷造りをして、月末にはちょっとお客様を迎えしたりしつつ、9月7日の朝にはここを出てPanama Cityへ向かいます。(再び16時間の行程+5時間ほどバスターミナル難民。。。汗っ)

 9月8日の早朝4時半にPanama Cityのバスターミナルに着いて数時間行くあてのない難民状況を愉しんだあと?、Cityでまたちょこちょこお買い物など愉しんで(これはホント♪)、友人たちにも会い、9月10日夕方の飛行機でMedellinへ。

 Medellin到着は午後8時過ぎ。
取り敢えず、Camiloたちと合流して2-3日泊めてもらったあと、TaniaとKaoriたちに逢いにMontelibanoへ片道5-7時間のバスの旅。彼らと2日間ほど過ごしたら再びMedellinに戻って2泊ほどしたら、今度はCaliの友人たちにご挨拶に、と忙しくバタバタする予定。
なんとCaliには真っ白なcolibri(ハチドリ)が生存しているということで、現在情報収集中~♪
どしても見たい~!!
それはそうと今回はMedellinでは働きません。わはは
正確には分からないけれど長くてもColombia滞在は2週間ほどで切り上げて、そのあと陸路Ecuadorへ。

 QuitoとMantaで同じように3週間ほど過ごす予定。
まあ、Mantaの状況が分からないけれど、もちろん、メンテというか、この3年間でわたしが学んだこと、同じ3年間で彼らが変質してしまったこと、このふたつの課題をなんとか融合させてMAIDOの軌道修正をしたいと思っています。
但し、Davidが望んでいるような形で"仕事をする"つもりはありません。
前にも書いたように彼からは首都QuitoにMAIDO2号店を出店したいので、わたしに契約して欲しいと言われてます。
けれど今回はホントにそういうつもりなく(強盗にでも合って全財産盗まれたりしない限り資金的にも十分な余裕があるので)、メンテナンスをしたら、サヨナラさせて頂きます。

で、また陸路EcuadorからPeruへ。。。というところなんですけれど、ここでひとつ計画が♪(未定)

 いや、やっぱりどうしてもこの旅の心残りはMexicoの"死者の日"の祭り。。。
各国で墓地文化を写真に収めて周っているにも関わらず、実はMexcoに居た時はそういう意志というか、まだ墓地文化に対する興味が沸いていなかった所為で、Mexicoの墓地文化についてはほとんど写真もなく、況してやラテンアメリカ最大の墓地文化でもあるMexicoのEl dia de muertoが欠けているのはとても残念。。。
その後、毎年のように死者の日の写真を目にする度にどうしても...という想いが募っていた。
今回は幸いにも、ポケットにはアルゼンチン入りしてからの滞在に十分な余裕がある♪
(この旅始まって以来の最高額。いや、普通の旅人よりは遥かに少ないと思うけどね。わはははははははは)
それにOaxaca, Mexicoには友人たちもいて、いつでも歓迎してくれる様子。
Ecuador - Oaxaca 間の飛行機代を調べたら、意外と安い。ガソリン税や空港使用料など含めて$500代でなんとかなりそう。だったら10月1日の前後2週間くらいMexico往復してみるのもいいかも??と検討中♪


 さて、もちろん、いずれにせよ、その後はEcuadorから陸路でPeru入り。
PeruではLimaに数日滞在するつもりですが、その程度。
まあ、Limaに寄ったら、絶対中華街で飲茶食べないとね♪わははははははははははは
Limaでも知り合いにご挨拶したいと考え中。
もうどの国にもたくさんの友人がいるので彼らに逢うのも本当に楽しみ。

 で、いよいよChileに。
いろいろ調べた結果、パタゴニアの観光もAregentin側からの方がアクセスがいいようなので、Chileは国境を越えたらまずはアタカマ砂漠でフラミンゴを見てみたい♪それは3-4日の観光なのでそれが済んだら一路Santiago目指して、荷物を預けたCarlos宅へ。(Chileルートか、Argentinルートか検討中。)

 もう自分でもびっくりだが、2015年の6月に、3ヶ月ほどNicaraguaとCosta Ricaにバケーションにゆくからちょっと荷物を預かっておいてくれと彼に頼んで以来、1年と4ヶ月ほどの歳月がっ!! わはははははははははははは
そんな訳で、彼には大好物のカレーとコロッケをたくさん作ってやると約束しています。わはははははははははは
そういう訳で、3日くらいはSantiagoで彼の家に滞在して、その後はArgentin国境へ向かいます♪

おそらくは、11月中にはArgentin入りできる予定、予定。。。わはははははははははははははははははは


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まだまだ早すぎるシリア内戦総括。。。 [コスタリカ 2016]

2011年の1月に始まったシリア内戦もすでに5年半以上を経過した。。。


2014年6月にはISISが国家樹立を宣言。
2014年9月にはイラク領内のISISに対する米軍をはじめとした国際社会の有志連合による空爆が開始され、翌2015年には当初限定されたイラク領内だけではなく、シリア領内に対しても空爆を行うようになった。
2015年1月-2月 シリアでISISにより邦人人質2名が殺害される。
2015年2月 ヨルダンがシリアに大規模な空爆開始。
(サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連合、バーレン、そしてヨルダンのアラブ五カ国が爆撃に参加。)
2015年7月 トルコが初めてシリア国内のISIS拠点を空爆。
2015年10月 ロシアがシリア政府の依頼によるとして空爆開始。
2015年11月 フランスが自国内でのテロ行為に対する報復的措置としてシリア空爆開始。

 もはやシリアはひとつの独立国家としての体裁を整えてはいない。
シリア内戦が始まって2年以上経った頃、わたしは"人々は自らの血に学ぶしかないし、でなければ、アサドは無人の荒野を支配するがいい。"(2013年9月)と書いた。
 (※その同じセリフは2011年4月、リビアのカダフィについても書いている。)
 もちろん、その意味は米国の空爆決定に対して内戦に干渉すべきではない。空爆は愚か、如何なる国も反政府軍に対する武器・資金援助などすべきではない。ただ国民だけが如何に非情な国家独裁者に対してであろうとも、自らの血を流して、自らの未来の為に立ち上がる権利があるのだということだった。
 幸いこの時はロシアの画策によって米国は空爆の実施を見送る形となったが、CIA、イスラエル・チャンネルを含む米国の表裏に渡る反政府軍支援は留まるところを知らず、その援助はISISの勢力拡大に大きく寄与することとなってしまったのはご存知の通りだ。

 もう一度、繰り返すが、シリアはもはや国家としては機能していないし、ひとつの国家には戻りえないところまで来てしまった。
現在、シリア各地を独自に占拠しているグループは大きなものだけでも、
1.アサド政権
2.クルド民族勢力
3.ISIS
4.ヌスラ戦線
 の4つとなり、さらにその他の反政府勢力が群居して1/4にも迫る地域を群雄割拠というか占拠しているらしい。
無論それらは実際には点でしかない。町単位の点に過ぎないけれど、大まかに色分けすると確かに分割されているような様子が見てとれる。
 一方で、もはやとうに民主化勢力などという国民デモ勢力は各武装勢力の前に完全に姿を消してしまった。。。
(実はそれが最大の問題なのだ。後述。)

色分けされたものを見ると、大まかに言えば、東のレバノン国境に沿うラインをアサド政権、北部トルコ国境地帯をクルド民族、西部イラク国境から中心部をISIS、南部ヨルダン~イラクよりの部分をその他の反政府勢力という風に、4分割され、ヌスラ戦線は各地を転戦、また要所に点在していて領域的な支配性には重きをおいていない(おけない)模様だ。

5年間という長期に渡るこのような領土合戦は内戦の固定化の原因にもなっているし、一般市民に多大な犠牲を払わせる構造を創り上げてきた。そもそも政権中枢であるダマスカスが南東部ほぼレバノン近くに位置している所為で、国土全体の支配度、統率度は当然低かったと言ってもいいだろう。しかもシリア高原を挟んでイスラエルと接しているというこの地域独特の地勢を考えるとシリアがこれまでともかくも安定した政権運営をして来れたことの方が不思議でもある。

もはやアサド政権には再び、全国土を統率するような力はまったくない。
寧ろ、今後は退陣=亡命を本気で考えるしかないのも事実だろう。
だがもしも、そうなると空白化した首都ダマスカスからレバノン国境沿いの地域目がけて、反政府勢力が凌ぎを削って侵攻してくることになり、レバノンを含む別の国際紛争拡大を懸念しなければならなくなる。この地勢図が、国際社会にアサド政権撲滅に二の手を踏ませているとみていいだろう。
アサドを退陣させて尚、現在のアサド支配地域を国際社会がなんらかの形で国際平和管理領域として確保できるなら、国土を4分割からさらに細分化して連邦州制なのか、連合国制なのか分からないが、なんらかの分割統治制を敷いて(強いて)、ISISを孤立させ、ISIS勢力支配領域をヌスラ戦線に一括統治権を認めて(その代わりに国際管理領域には出だししないという交換条件で、だ)、ヌスラ戦線とISISの同士討ちというか、ヌスラ戦線と他の反ISIS勢力の統合を目指してISIS討伐に当たらせるしかないような気もする。

もちろん、これはとてつもなく困難なことだろうし、相当な年月を要するだろう(今後10年-20年続く紛争となってもひとつもおかしくはない)。けれどここまで長期化、固定化しつつある分割領域紛争は、分割統治による以外にどんな停戦~終戦にも至る術を持たないのも事実だろう。

そもそも国際社会が現アサド支配領域を固定化し、それを管理(または委任)統治すること自体がとてつもない不可能性と共にあるのだから、夢のまた夢というべきなのかもしれない。けれど、たとえこのまま10年が過ぎようとも、いずれは疲弊した各勢力=戦闘員らが停戦を求め始めるのも自然な成り行きなのだ。
だからいずれその時は来る。

その一歩としてアサドの首根っこを押さえつけて、退陣と民主化への道筋を保証しつつ、国土の分割統治と国際援助を餌にISISを除く反政府勢力に停戦とさらなる領土問題(領土侵犯)の不存在を認めさせ、ISIS討伐に向けて各勢力の統一戦線を結成させなければならない。
それはもう本当に気の遠くなるような困難さと年月を要するそれ自体、巨大な障壁=巨大な問題であるし、将来に渡っても火種であり続けるだろう。
けれど、けれども、それ以外にはどんな方法もないし、それ以外のありとあらゆる道はISISに支配領土と支配人民を与えてしまうことになるだろう。(※暫定的な手段としてそれを認めてしまうのが最も愚かな選択だ。)

本来は冒頭に書いたように、内政不干渉を徹するべきだったが、すでに国際社会は首を突っ込んでいるし、もはやシリアは国家ですらなくなりつつある訳で、ここまで来たら周辺国家の安定と、少しでも多くの国民の生命財産を守る為に、国際社会は断固としてアサドの首根っこを押さえつける必要がある。アサド本人に対しては特殊部隊でも、スパイ工作でも、なんでも使用することが認められてもいいだろう。

もちろん、国際社会側の最大の問題はロシアと米国の対立軸だ。
ロシアの徹底した拒否と米国の尊大な態度は、すべてをさらに長期化させることしか導かない。
彼ら2国のメンツの為に今後さらに数十万人~数百万人の犠牲者の山が築かれるのだろう。。。



最後に、"一方で、もはやとうに民主化勢力などという国民デモ勢力は各武装勢力の前に完全に姿を消してしまった。。。(実はそれが最大の問題なのだ。後述。)"と書いたことに触れておこう。

何度も書いてきたが、あらゆる国内紛争に対して、国際社会は内政不干渉を執るべきなのだという主張は変わらない。
それに対する反論はナチスのユダヤ人虐殺を防げになかった点にあると主張される。
大量虐殺ジェノサイド。。。
だからルワンダの虐殺まで、国際社会は曲がりなりにも、内政不干渉を保とうと努力をしてきた。(冷戦構造の裏で米ソが代理戦争を繰り返してきたのは、まさに内戦干渉に他ならないのだが。)
だがルワンダにおける民族大虐殺がジェノサイドとして、内政干渉への道筋を開くと、続いて旧ユーゴスラビア連邦解体においても同じような主張がなされ、さらにコソボ虐殺が認定されたことからセルビア空爆への道が開かれてしまった。
そしてイラクにおけるクルド民族の虐殺は、化学兵器の使用と相俟って米国の利権に基づく力づくの空爆行使を認めてしまった。
もうその後はご存知の通りだ。
もはや冷戦構造が崩れ去り、自国の独り勝ちだと勘違いした米国はソマリア、スーダンと空爆し放題となる。
そして或る意味では当然の帰結として、起こるべくして9.11を迎える。。。
アフガニスタン空爆~イラク空爆、イラク侵攻。。。
それはそれまでの仮初のすべての世界秩序を破壊してしまった。。。名ばかりだった正義は完全にその言葉の意味を失ってしまった。。。

今回もまた米国は2013年9月、最初の空爆決議の実行を見送って以来、CIAやイスラエル・チャンネルを含む米国の表裏に渡る反政府軍支援を拡大し続けてきた。その直接的結果として、米国は、シリア国内の民主化勢力を壊滅させたのだ。
どういうことかお分かりだと思うけれど、解説しておこう。
今となってはもはや怪しい感もあるが、シリア反政府活動はそもそも民主化運動が発端とされている。
(アサド政権は外国勢力のスパイ工作活動によると主張していた)
その反政府デモ活動に対するアサド政権の過剰な暴力的制圧がさらに事態を拡大させた訳だ。
その拡大する事態の中で、米国は民主主義勢力を支持するとしながら、シリア国内の反アサド武装勢力に対して資金・武器援助を行ったのだ。
民主主義勢力を支持すると言いつつ、武装勢力を支援するという愚策だ。
それもひとつやふたつの武装勢力ではない。反アサド政権を掲げた有象無象の武装勢力に対して資金・武器援助を与えたのだ。その中にはISISやISISに繋がるものもたくさんあった。反アサドを掲げるイスラーム原理主義武装勢力を育てておいて、民主主義勢力を支持するという発言のなんとバカバカしいことか。
おぞましいことだが、いまだに世界の諜報活動や武力紛争においては、"敵の敵は味方"だとか、"敵同士の潰しあい"という論理が金科玉条とされている節がある。魑魅魍魎の裏社会において、それらは直接行動を控える中で成果を導く為の唯一の手段であると掲げられている様子だ。
 そうやって武装勢力を支援することで(当然、生き残るのは殉教をも厭わない過激なイスラーム傾向を持った集団になるのは異論を待たないだろう)、民主主義勢力はその暴力の連鎖の中で押しつぶされてしまうしかない。
 こんなバカな理屈も分からないで内政干渉する権利がいったいどこの国にあるだろう?
米国の考えでは、実践は武装勢力に任せて(イスラーム原理主義も問わず)、反政府勢力代表会議では民主主義派に実権を取らせようと図ったというべきだろう。けれどそんなバカげたことが罷り通るはずがないではないかっ!?
 しかもアフガニスタン国内では北部のアフガニスタン反政府組織であるISISをシリアへ送り出すことで勢力減少を狙ってVoice of Americaで支援すらしている。だが一方ではシリアへ向かうイスラーム兵士たちとは別に、イラク国内で勢力拡大を図ろうとするISIS壊滅を掲げるというデタラメぶりだ。

 もちろん、シリア内戦についてはまだまだ不明な点(疑問)もたくさん存在する。
そもそもかつてのレバノン内戦に当たっては、レバノン侵攻を企てたイスラエルがぴくりとも動かない。
イスラエルにとってはゴラン高原の所有を巡ってシリア政府との間に長年の紛争ネタを抱えている訳で、この機にゴラン高原を超えてシリア侵攻を企てても何一つおかしくはない。
少なくともゴラン高原ですら動きを見せないのは普通ではない。
先日書いたようにISISとイスラエル間の密約があることも考えられる。けれどそれにしてもイスラエルの静観姿勢は彼らの通常のやり口をみてきた経験からすると奇妙過ぎる。




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ISISについての少し早い総括。。。 [コスタリカ 2016]

 さて、ここいらで再び、ISISについてまとめて置こう。
最初に書いたのは2014年の11月だから約2年前だ。それから彼ら自身についていろんなことが分かってきた。

 ISISの主体は欧米に移住・亡命したアラブ系二世、三世だと言われている。
彼らは9.11以降、欧米社会でつまはじきにされることが増え、敵対視される中で、自らのアイデンティティのイスラームに求めたのだ。
 だがすでに二世、三世である彼らは既存のイスラーム国家に戻ったところで異邦人であるに過ぎず、その地で原理主義者を名乗っても、正統派原理主義宗派とその人々からは相手にもされなかったろう。少なくとも主役に躍り出ることは不可能だ。

 そこで彼らは自らがイスラーム原理主義を柱に国家を創り上げようと考えた。
だがすでに資本主義社会で育ち、資本主義的欲望の価値観に染まった部分のある彼らの掲げるイスラーム原理主義は宗教的な問題ではなく、支配規律としての絶対性(イスラームとは帰依を意味する)をこそ柱としている。
 自ら帰属する国家を持たない彼らは、その為に領土と人民が第一義として必須な訳で、目をつけたのが混乱の紛争地であり、クルド民族分断の地である"誰のものとも判然としない地域"に於ける領土獲得と人民支配構造だった。

 おまけにシリア内戦では、"打倒アサド"を掲げることで、欧米社会、周辺アラブ社会からの膨大な資金援助・武器援助を容易に得ることができた。加えて反アサドを掲げて人民統率まで果たした彼らは勢力を拡大する中で、次第に拡大する領民支配の為の規律の厳格化へと傾いてゆかざるを得なくなった。
 恐怖支配と呼ぶべきその規律を正当化する為に、イスラーム原理主義を振りかざし、濫用し、自らの領土支配を確立させる為なら、本来の宿敵であるイスラエルとも手を結んで、武器弾薬の提供、原油売却、トヨタ車の購入などを果たす混迷ぶりだ。
(※かつて何故ISISはイスラエルを攻撃しないのだろうという疑問を投げかけたことがあったけれど、その後明らかになったところでは、ISIS或いはISISの仮装グループはイスラエル側と頻繁に接触している。ISIS領域の原油をトルコ政府が買っているという噂がニュースになったことがあったが、どうやらイスラエルが主体と考えられる。トヨタ車の大量購入もイスラエル側から齎されていると確実視される。)

 そんな彼らはもちろん、イスラームでもなく、反イスラエルでも、本当のところ反米ですらない。
彼らの望みはただ領土支配と人民支配(国家創生)に尽きる。あとのことは国家創生後になって考える程度のレベルだろう。

 すでに逆境の中にある彼らにもはや領土・人民支配の可能性は閉ざれつつあると言っていいだろう。
あとはテロ組織としてアラブ金満国を強請って得た資金で反欧米社会に対する怨念を晴らすこと以外に出来ない。
テロ組織は根強い。。。組織形態を変え、名称を変えようとも地下に潜り、脈々とその細胞分裂を続けることができる。

欧米に移住・亡命し、社会からつまはじきにされ、敵対視されたアラブ系二世、三世が見た捨て鉢な夢がISISの実態だったのだろう。だがだとすれば、そもそもが100%実現不可能なはずの夢をここまで現実化させたものは何だったのか!?
それは国際社会の中東アラブを取り巻く魑魅魍魎の策略と混迷なのだ。
正義のない世界をそこに強要しているのはイスラーム国家であるというよりはその背後にいる欧米社会なのだ。


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世界一役に立たない 旅blog [パナマ 2016]



先日、世界一役に立たない旅blogを発見した。
そう、このblogだ。
もうまったく話にならないくらいひどいレベルだ。わはははは

話は先週パナマに滞在していた時に遡る。。。
目的のひとつとして、実はパナマシティにある中華街で蓮根を手に入れようと考えていた(笑)。
これまで訪れた中南米の中で生の蓮根を入手できるのはパナマシティだけだ。
他の国ではそんなもの絶対にない。
ついでに市内にある日本食材店でなにか面白いモノでも見つけようと思っていた。

だが先日も書いたように、パナマシティについて一切の情報を忘れ去ってしまっていた。
もちろん、もはやガイドブックなんぞ持ってやしない。地図の一枚もないので、記憶を整理しようとバスターミナルで地図を探して回ったけれどついに一枚も手に入れることが出来ずに終わる。
そもそもわたしの携帯電話は普通の電話機能しかない旧式のやつなので、こういう時はまったく役に立たない。
だがバスターミナルで4-5時間もあったので、食堂のネットwi-hiを使ってリュックの中のPCを取り出してあれこれチェック。。。
中華街の場所は"Tumba Muerto(死の墓地)ゆき"というバスに乗るということだけはちゃんと覚えていたものの、降りる場所はまったく地名も分からない。まあ、バスにさえ乗れば降りるところくらい雰囲気で分かるはずだという気分。

だが問題は日本食材店。。。さっぱり、全然記憶にない。
店名どころか、うっすらとした場所さえも地図をどんなに眺めても想い出さない。。。わはははははは
ネットであれこれ検索してみるがさっぱりヒットしない。。。
(※実際にはヒットしていたのだが、後述するようにまさか青果店だとは思っても見なかった訳だ。笑)

で、僅かな希望を賭けたのがこのblog...そう自分自身のblog内検索。。。
かつて住んでいた時に何度か買い物に行ってるし、Andrewさん、Ikukoさんたちがパナマシティを訪れた時にご案内もしている。
だが正直、そんなものちゃんと載せた記憶はない。
けれど一応当たってみることに。。。

ない。。。
そりゃあ、当然、ない。
記載があったのは"Andrewさん、Ikukoさんたちがパナマシティを訪れた時に案内して喜んで頂いた"という記載のみ。
一切の店名も住所もなんにもない。。。
わはははははははははははははははははははははは
ひでぇblogだ。

だいたいわたしはすべての行く先々の国々で、仕事の関係もあって、ほぼ隅々まで中国系、韓国系食材店やアジアのみならず、インド料理に使う為の輸入香辛料を入手できる食料品店を把握している。
それはわたしにとってもっとも大切な情報だったりするほどだ。
ついでに言えば、美味しいホンモノのフランスパンを提供しているパン屋も確実に押さえている。

けれど...

けれど、だ。わははははははははははははははははははは

そんな情報を情報としてただの一度もちゃんと紹介した記憶がない。
まったくない。。。わはははははははははははははははははははははは

そもそもわたしは自分が宿泊したホステルなどの名前すら知らない。
まったく興味がないので宿泊している最中ですら宿の名前なんて知らないで宿泊してるのが普通だ。
クレジットカードのないわたしはネットで宿を事前予約することもできないし、そもそも事前に宿を調べるという手間すら面倒でそんなことせず、いつも行き当たりばったりで現地で訪ねて歩くスタイルだ。わはは
それに、どうせいつも基本は歩きだから(滅多にタクシーなんて使わない)、地名や番地を覚える必要性もゼロだ。
食材を買う店も自分で訊いて歩いて、探して場所が分かればそれで十分だからいつも購入している輸入食材店の名前すらそもそも気にも留めていないから、そんな店名なんて知らないのがわたしにとっては普通だ。
だから当然、そんなものblog情報としては抜け落ちてしまうしかない。

さすがに仕事対象のレストランの名前は覚えるが、そんなものその国を一旦外に出ればすぐにでも忘れてしまう。
そもそもわたしは一切メモを取らない。
日本にいる頃から一切、仕事でも手帳なんぞ使わない。
すべて記憶頼りで、問題があった試しはない。
営業活動で外回りをしている時ですら、相手方の名刺さえあれば一切次回アポを含めて手帳や日誌など付けた記憶がない。
わたしの営業日報なんぞいつも後書き、まとめ書きだ。わははははははははは

さて話を戻すが、そういう訳で、おそらく世界で一番役に立たない旅blogがあるとしたら、わたしのblogなんじゃないかと思う。
9年間も中南米にいて、実際どこになにがあるか、どこでどんなものが手に入るかを知っている癖にそれを一切情報として載せていないのだ。
つい先日もSan Salvadorでも中華食材店や韓国食材店をCarlosと一緒に探し回って、4-5店舗ほど探し当てたが、そんな情報も一切手元に残ってはいない。わはははははははははははは

そんなblogあるものかっ!? 

反省を込めて今回は日本食材店の名前を書いておく。
Fruteria Mini Maxというのがそれだ。
Panama CityのAV.Italiaという通りにある。
...と書いてきてそれしか知らない。わははははは
詳しい住所とか知らない。。。(ネットで調べてください。笑)
韓国系のスーパーで、文字通りだとフルーツ屋さんMini Maxだ。
確かに果物や生鮮食料品をメインに売っているが、韓国、中国、日本の輸入食材はホントに豊富に揃っている。

ああ、ちなみにその近くの病院の北にあるパナマシティ唯一のはずのフランスパン&カフェPetit Parisは見せかけだけで、そこで売っているバゲットは糞みたいな贋物バゲット。。。パナマ人には大人気だが食うに値しない。わはははは

ちなみに中華街はTumba Muertoゆきのバスに乗って、Doradoショッピングセンターで降り、そのショッピングセンターの中を奥まで、奥の奥までひたすら歩いてゆくと大きな中華食材店があって、その下(多分、地階)にもさらに別の一店。そしてショッピングセンターを完全に突き抜けてしまうと奥に別の建物があって、そこは前も、後ろも全部中華食材店、中華美容室、中華金物店、中華レストランばかりが集う一角になっている。
ついでにその建物を裏に回る前に左手に現れる小さな建物の一階部分も同じように中国系のお店が軒を連ねている。
だが店名とか聞かれてもさっぱり分からないと白状しておく。わはははは


そんな訳で、わたし自身、今回はMini Maxに辿り着くまで一苦労だった。。。汗っ
いや、物凄く歩き倒した。。。なんと3時間くらい歩き倒した。。。ひー。。。
街を歩くと次々と見覚えのある道に出る。
そんな訳で、わたしは"ああ、多分こっちの方向に違いない"と歩き出した。。。どんどん歩いてゆくうちに、いや、これは別のレストランへゆく道だと気づく。だがいずれにせよ、大体の方向はこんな感じだ。ということはひとつ裏の通りか、通りを直角に曲がって下ったかどっちかだという結論に達する。。。そして大通りまで突き当たったところで方向転換して、南へう回することに。。。
あれ??やっぱり違うのか??
と思いつつも、どうせ戻るなら同じ道ではなく、別の道でということでどんどん歩き出す。またまた知った光景に出くわす。
ああ、成程、この辺りに違いないと思うも、一向に目指す店は現れない。。。
絶対にこの辺だ、という思いで周囲をぐるぐる回るも辿り着かないままさらに30分以上歩き続ける。
そしてふと、ああ、道の反対側を渡ったところだと気づく!!
そうなると早いっ♪ 結局トータル3時間ほど歩き続けて目的地に到着♪ わはははははは
おかげで7年ぶりのパナマシティをほぼほぼ想い出した♪ 
 
今回ゲットしたお宝は、長芋とごぼう♪

DSC00947.jpg 

もうね、スニーカーでなく、スリッパで来てしまったわたしの足はこの後、久しぶりの長距離歩きに耐え切れず、もう引き攣りだして大変。。。もう両足ともこむら返りになるわ、筋肉パンパンになるわで、薬局でバンテリン系のクリーム買って塗りました。わはははははは
情けない。。。いや、ホントに、シェフ業を主戦場にし始めて以来、かつてほど歩かなくなってしまった。
最後に歩き倒したのはサンチャゴの街。
それはもう2年半以上前の話。
その後の2年半はレストランでしか働いていないので、立ち仕事は慣れているけれどまったく歩いていない。
だから今回パナマシティで2年半ぶりに歩き倒したという訳。
おまけに底の擦り切れたバッタもんのクロックシューズ。。。せめてスニーカーならもっと快適に歩けたはずだったのだが、情けない。。。
まあ、それでも15kmくらいは最低でも歩いたはずです。
 


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ちょっくらパナマ シティ滞在38時間半 [パナマ 2016]

そんな訳で、Panama Cityに朝4時半にトータル16時間かけて到着。。。
Puerto Viejoをお昼の12時半に出て、国境を越えて、乗り合いタクシーに乗り、バスに乗ってやってきた。わはは

もちろん、そんな時間、ターミナルと雖も売店以外、どこも開いてないし、することもないというか、なにも出来ない。仕方なく一度、セントロまで退屈しのぎに新しくできた地下鉄で出て街歩きしてみた♪(地下鉄の始発は5時。)
7年前を思い出しながら地図もなく、ただのひとつの地名も想い出せないまま。。。わはは
だが歩けば自然とどんどん想い出す。もちろん、9ヶ月も住んでいたのだから当然と言えば当然だが、かつては地下鉄なんぞなく、バスもド汚い落書きだらけのチキンバスだったが、すっかり様変わりしてる。
以前泊まったことのある安宿も探し当てたが、当然のようにもうなくなっている。。。わはは
で、マクドでも24時間開いてるだろうと思ったのだけれど、そうでもなく閉店中。。。まだ暗い街中でなにもすることなく、再び、バスターミナルまで戻って、カフェというか食堂でネットするしかない。
さて、着いたばかりだが、帰りのバスチケットをゲットしなきゃならない。ハイシーズンというのはこういうことに注意しないと満席で乗れなくなることだってあるからだ。但し、窓口が開くのはなんと9時半らしい。。。
そこから4時間、食堂で他のバックパッカーたちと共に難民生活。。。わははははははははは
もちろん、街に戻ったところですることなんぞない。
いろいろ用事はあるが、どれも9時、10時くらいからしか果たせないからだ。
そんな訳で、ターミナル難民。

で、9時にチケット売り場に行ったら、もう開いていたのだが(8時半にオープンした様子)、なんとお目当てのチケットは当日の午後3時以降しか販売しないとのこと。。。あはん。

でもって、もう一度、地下鉄に乗って、セントロへ。
ホテルも探さなきゃならないが、いずれにせよ、午後1時くらいまでチェックインはできないので、そのままCOPA AIRLINESのオフィスに直行。
今回の目的は4つ。
1. コスタリカ滞在VISAの延長。
2. 航空券の日付・ルート変更。
3. 輸入食材店での買い物、それにパナマは物価が安いのであれこれ買い物♪
4. パナマの友人再会。

2番めの航空券。。。わたしは前回、メデジンからニカラグアのマナグアにやってきた訳で、当然、チケットはメデジン-マナグアの往復チケット。
現在はカリブ海側のPuerto Viejoで働いている訳で、このままでは首都サンホセ経由でニカラグアまで戻らなければ飛行機に乗れない。。。そのチケットの帰りの日付は当時の最大延長で9月1日となっている。
だがどうせ乗り継ぎはパナマだ。
そこで...

どうせならマナグアまで戻らずに、パナマからメデジンだけの搭乗に変えたいというのが目的。
日付もちょっとばかり伸ばしたいし、ということで、マナグア-パナマ間のチケットを捨てて、パナマからダイレクトにメデジンへ。
日付は9月10日に。
これは完璧に変更♪ わーい♪
いずれにせよ、搭乗まで13時間~下手すると27時間程度の旅は必須だけれど、わざわざ逆方向に戻って、飛行機乗り換えて、なんてバカげてる。

3つめの輸入食材もゲット(その話は機会があれば後日。笑)

4つめは、残念ながらこの短い滞在では彼とわたしの予定が合わず、実現せず。
まあ、すぐにでもまた来ることになるのでその時に。

...ということで、とんでもなく忙しい旅もほぼ終わりに近づきつつある(笑)のだが...

現在はまたパナマのターミナルで難民中。。。午後3時に夜のバスのチケットを販売し始めるというので、その時間に来て、今回は隣接するショッピングセンターで食事して、コーヒーなんか飲んだり、ウロチョロして時間潰しするつもりだったのに。
..のに。。。シティであれこれたくさんの買い物をしたのがなんと20kgほどある。輸入食品や衣類、さらにレストラン用の食器などなどダンボール箱に詰めて持ってきたのだけれど、誰に訊いても、どこで訊いても、荷物一時預かりのサーヴィスがないっ!? 

バカなっ!?
こんな巨大なターミナルで荷物預かりがないなんてっ!?
20kgのかなりの大きさの段ボールを担いでショッピングセンターをうろつくなんて無理。。。
パソコンの入ったリュックと両方なんて本当に無理。。。
仕方ないので、またカフェ兼食堂で、今度は3時間半ほどの難民中。。。
ああ、だからパナマって嫌い。

ついでにパナマはタクシー代が高い。。。乗り合いなのに、メーターがないので運転手の言い値。
Tシャツ5枚に(今着てるやつは仕事中にもTシャツ姿なので、どれもこれも漂白剤でシミが出来ている。わはははははははははは)、うどんに、蕎麦に、ゴボウ!! 長芋まで入手!! 
それに1缶95セントのギネスビール6缶!! 
Ikukoさんたちへのお土産に、納豆とポッキー。わはは
そしてレストランで使う大皿を5枚買ったのが重いっ!!  (仕方ないんです、わたしが2枚割ったから。わはははは)


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