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最終回、blog更新終了のお知らせ。Gracias y Adios! [Argentina 2017]

 そんな訳で日本永久脱出365x10+2=3652日+1日=3653日、丸10年を迎えました。パチパチパチ。。。ん!?
いや、別にそんなことを目標にしてきた訳ではないのは言うまでもない。
わたしは人生を終える為に、人生を終える旅としてCubaからArgentinaまでの旅を始めたのだ。
何度でも書くが2年半くらい、最長でも4年程度で終わるはずだったこの旅はいまだに続いていて、なんと恥ずかしくも10年も経ってしまったというのが本当のところだ。わはは


10anos.jpg
こんな糞blogにお付き合い頂いた方々にはお礼のひとつも申し上げておく。
巷ではギネス級の長文blogだとかいう噂もあるが、友人たちからも長すぎて読んでられないという文句を何度も頂いてきた。わははははは
旅blogどころか、政治時事ネタblogではないかというご批判??も頂いたし、中南米の旅にはまったく何の役にも立たないblogだというご批判も頂いた。わはは
きっとオマエは何様だ!?というご批判もあるだろうから、それには"俺様だ!"と応えておく♪
わたしの人生はわたしのモノだ。好きなようにさせてもらう。
わたしは最期の最期まで自由な人間であり続けたいし、あり続けるだろう。
誰に気兼ねなく、指図されることなく、自分の人生は自分で決めてきた。

さて、10周年を締めくくるに際して、最期にひとつだけ告白しておこう。(言っておくが何もかも告白するつもりはない。笑)
これが最後だ。。。というのも、もうこのblogを閉鎖することに決めたからだ。ああ、今のところ削除するつもりはない。けれどもはや更新することはない。
わたしの旅はまだしばらく続くけれど、もうこのblogを書くことはないだろうということだ。
今しばらくはFacebookは続けるつもりだが、いずれFacebookの更新もやめるつもりだ。
もう十分だというのが正直な気持ちだ。
近年は日本社会の動向に関してひたすら矛先を向けてきた。けれどモチロン、自分がそこに対して無力であることは痛いほど知っている。
わたしが何を喚こうが世界は一瞥すらしない。そんなことは百も承知だ。
そもそもわたしを押し潰す絶望はこの愚かな世界に対する無力さから来ているのだから。。。

わたし個人の人生は適当にやってきたし、適当にやっていけるだけの能力はもうこの10年間で証明できたように思う。
わたし個人の人生は本当に恵まれたものだった。友人や女性たちにも恵まれてきた。
日本だけでなく、ラテンアメリカでも出逢った多くの人々に支えられ、助けられてここまできた。
昔からわたしはツイているのだ。
わたしが本当に望んだいくつかの才能はこれっぽっちも持ち合わせちゃいないが、それでも器用貧乏なのでそんなこんなを利用して生きてゆくには十分な稼ぎを得ることくらいは出来るようだ。そしてわたしなんぞを支えてくれる多くの友人たちにも恵まれている。お得意のハッタリは日本だけでなく、海外でも通用したという訳か!?わはははは
何度も書いたことがあるが、本当に人々が思うほどわたしは自分のことを賢いなどとは思っていない(本当に賢いということかどういうことか知っているし、天才という存在を知っているからそんなことは到底思えないのだ。苦笑)。けれど人類の大半がとんでもないおバカだとすれば、そういう連中よりは随分とマシであるというだけだ。わははははは(※まあ、その程度でしかないという逆説的な存在だ。苦笑)
人々があまりにも愚かであるおかげでわたしは人生を面白おかしく"適当に(所詮、分相応にだが)"泳ぐことができる。けれど反面、人々があまりにも愚かである所為でわたしはこの世界に対する絶望に陥る。。。ともに真実だ。
最終的に残るのは、わたしのこの世界に対する無力さだ。この愚かな世界を一瞬で滅ぼすことができない己の無力さなのだ。
だからもちろんのこと勝者はわたしではなく、愚かな人々の方だと言える。

 さて、相変わらず長い前置きだ(笑)。
話しのトーンはガラリと変わるからそのつもりで。わははははははははははははははははは

 まず話を始める前に、お気づきの方もいるかも知れないが、わたしがとても凝り性だということをご承知おき頂きたい。何かに凝り始めると止まらないのだ。。。なんでも突き詰めたくなる。。。それが今日のわたしの器用貧乏を創り上げてきたのだ。

 先日も書いたように、昨年9月にCosta Ricaを出て、12月初めににArgentinaに到着するまで、3ヶ月間わたしはPanama-Colombia-Ecuador-Mexico-Ecuador-Peru-Chileと各国の友人たちを訪ねて回ってきた。そんな中、Ecuadorを出た直後からわたしの頭に中に或るプランがふつふつと湧き出てきた。
 言っておくが、わたしが一昨年来、過去に訪れた国々の友人たちと再会して回ったのは、本当に最期の挨拶のつもりだった。旅を終える前にどうしても彼らにお礼を言いたかったのだ。(いや、ありがとうと言っても何のことだか伝わらないだろうから、そんなことは言ってないが。笑)

 さて、それはともかく、わたしに舞い降りてきたプラン...当初それはなんてことはない眠りに就く前の暇潰しの夢想みたいなものだった(笑)。だがそれは日増しに、移動中の長距離バスやホテルでの就寝前に、少しずつ大きくなり、同時に少しずつ具体的に煮詰まってきた。
それはとてもおかしなことだ。どんな予定も、本気でさえないのに、アイデアだけが独り歩きしてしまうのだった。
やがて、それは本当に煮詰まるところまで煮詰まってしまった。。。細部に至るまで、本当に驚くほど精緻なプランが頭の中では完全に出来上がってしまった。そうしてプランが具体的に出来上がってしまうと、当然のようにそれを実現したいという思いもまた、日増しに高まるのを避けられなくなってきた。。。

 ハッキリ言えば、レストランの計画だ。いや、どんな具体的な予定もない。ただの空想だ。
それにこれもまた先日書いた通り、金輪際、わたしにレストランを自身で経営する気はないし、資金もない(1億円あってもわたしは経営者にはなりたくない。もっとも働きもしないだろうけど)。わはははははは
他人のふんどしで相撲を取るくらいの責任の在り方がちょうどいいのだ。
そもそも、このアイデアの原型そのものは、実は随分前に(2012年1月)2度めにColombiaに戻った時に思い浮かんだものだ。日本レストランをオープンさせたいという日本人の誘いに乗って、勤めていたRestaurante Sayoriを辞めたものの、退職後1週間で計画そのものを中止にされて頓挫した苦い思い出がある。その時のアイデアがひとつの原点だ。さらに昨年、Mexicoを訪れた時に、ひとつの着想を得た(付け加えた)こと、Mantaでひとつ試してみたこと、そしてここArgentinaでも、アルゼンチン産の安い牛肉が十分に美味しいのを知ったこと、何でも揃う日本食材店でアイデアが広がったことなど色んなことが手伝っている。そんなこんなが繋がって、ひとつの形を成した訳だ。

 だがわたしがこの計画に心惹かれているもっとも大きな理由は他にある。
 わたしが寿司職人なんかじゃないってのはみなさんご存じだと思う、多分に漏れず、料理には些か自信はあるが(苦笑)、それは洋食中心のmenuだ。それもわたしの腕前なんぞ昔ながらの洋食屋のオヤジ程度がいいところだ。寿司なんぞまったくの素人だった。わはははははははは
今はそれなりに経験だけは積んできたけれど、それでも心の奥では、寿司はわたしなんかが作るもんじゃないという気後れがあるのも事実だ。
特に日本人のお客様に提供する時は、いつも申し訳なく思う。日本人のお客様に自信をもってお出ししたことなんぞただの一度もない。
それはわたしの中で常に料理に対する不完全燃焼を伴い苦痛ですらあった。
 NicaraguaのEl Tercer OjoはInternacional Fusion Restaurante(多国籍料理)だが、ほとんどのレシピは料理知らずの(味音痴の)Glendaが決めたものだし、わたしのレシピを持続して提供できるスタッフは誰一人いない。。。簡単ないくつかの料理はわたしのレシピだが、なんでもかんでもすぐにおかしくなる。
 そもそもNicaraguaでも、Costa Rica,Colombia,Ecuadorでも、ここArgentinaでも、わたしがシェフを務め、わたしのレシピで料理を作らせてきたとは言え...わたしの最大限の力を発揮したものではない。
 わたし自身の能力がどのレベルかはさて置いて(苦笑)、これまでのレストランでわたしの能力の最高度の料理を実現したことはないということだ。なぜならそれはわたしに対して求められてきた仕事ではないからだ。おまけに素材や調理器具、器などにかけるコストやこだわりなんかもオーナーには決して理解してもらえない。なによりもわたしは半年から1年の短期でしか契約しない。つまりわたしはレシピや盛り付けを組み立て、調理を教えるのが仕事であって、それを現地のコックたちに教え再現させなければならない。
 先日事細かに書いたように、ソースや飾りつけひとつとっても、難しいことはさせられない。実際どんなに教えても飾りつけは本当にうまくできないので、盛り付けは諦めてきたと言っていい。デザートにはせめて、きれいなミントの葉を飾らなければならないと、どんなに口酸っぱく教えても、しばらく期間を空けて戻ると、ミントの葉なんてそもそも購入してなかったりするのが現実なのだ。
 同じように、レシピの中でもデミグラスソースやインドカレーなどの煮込み料理はどんなにレシピを残して、何度か作らせてみても再現不可能であることはもう実証済みなのだ。繊細な和食などもっての他だ。多少なり複雑で経験や調整を要する調理は再現不可能なのだ。
 先日書いたように、それらは決して彼らの能力の問題だけではない部分も多いということを改めて付け加えておく。

 そんな訳で中南米10年の旅の中で、トータル6年以上厨房で働いてきた訳だけれど、本当に自分自身の能力に挑戦したことはないし、寿司を提供するのが苦痛だった。すなわち自身の能力を最大限に発揮した料理を作ったことがないということだ。それはいつもわたしの中で消化不良を起こしてきた。いわばストレスの因だった訳だ。そして心残りでもあった。
いや、なによりもわたし自身、この6年間~10年間の経験を通して、学んだことが本当にたくさんある。日本に居れば決して学ばなかったであろうことをたくさん学ばせて貰い、体験させて貰ってきた。だから言い換えれば、この10年間でわたし自身が経験させてもらい、学んだことを形にしたいという欲求でもある。自分自身がいったいどれほどの料理を提供することが出来るのか見極めてみたい、この糞みたいな人生の最期に自分自身に今一度、挑戦したいという気持ちの高まりだ。
 実はそんな中、4月にはMedellinとBogota(Colombia)のオファーをそれぞれ別々に2件頂戴したりもしたのだが、共にわたしが求めるような仕事ではなかったので申し訳ないがお断りした(1件はCaliの友人がBogotaでラーメン屋をやりたいから助けて欲しいという依頼だった)。もちろん、今現在、どんな具体的計画も決まっていない。わたしと一緒にやりたいという人物はいるが、彼はまだ決断できていないし、投資額もそれなりに膨らむので、状況は不透明だ。実現の可能性はまだまだ闇の中という他ない。だがパートナーさえいれば、商売としての勝算はある。きっとうまくゆくだろう。。。魅力的なアイデアだと自負している。それほどまでに具体的に考え抜いた独創性のある計画だからだ。だが誰かが決断してくれるタイミングを待つ必要がある。

 まあ、そんな訳でblogはやめるが、まだしばらくわたしの旅は続きそうだ。
いつまで?? そんなこと知るもんかっ?! 

 えっ!? こんな唐突な終わり方あるのかって!? ... あるんだな、それが。わははははははははははははははははは

 10年間ありがとうございました。 
 ... という訳で、Adios!! 



 

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