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人生に命を賭けないで、いったい何に命を賭けるんだ!? [Argentina 2017]

海外旅行中に不幸にして強盗事件に遭い、亡くなる人たちがいる。
多少なり抵抗した為に殺された...というのが、真相として語られる。
どこまでどう抵抗したかは当事者にしか分からないけれど、ともかくも大人しく金品を差し出さなかった所為で殺されたのだとされる訳だ。
問題はどこまでどう抵抗したかではない。

問題は彼が否定されることにある。彼の選択肢と共に、彼の人生が否定されることに問題がある。
彼の取った行動を愚かだとバカにする人々がいる。
或いは、もっと穏やかに、何よりも旅を無事に終えて帰国することが大切なのだから、彼のように抵抗すべきではないと、そこに悪意は一切存在しないのだけれど、結局のところ彼の行動は間違いだと否定してしまう人々がいる。

旅が人生に譬えられることはままある。旅が人生であるとするならば、人生と同じように、旅もまた闘いなのだ。
いや、もちろん、ここでいう闘いとは決して暴力的な意味でないのは言うまでもない。
けれど闘いという言葉、或いは概念は同時にまた"肉体的な闘い"を否定しないのも事実だろう。
いろんな意見があるだろう。だからこれもまたひとつの意見なのだと理解してもらえれば幸いだ。

強盗に抵抗することを否定する人々は、不幸にして強盗に遭ったら、進んで金品を差し出せと言う。金品の為に抵抗するのはバカげている、と。
だが本当にそうあるべきなのか??
何も逆に抵抗しろと言っている訳ではない。けれど、もしすべての人が自ら進んで強盗に金品を差し出すようになってしまったら、世の中は強盗だらけになりやしないか??(苦笑)
いや、そんな話は置いておこう。
けれど、強盗に遭ったら、自ら進んで金品を差し出せという理屈にはやっぱりどこか首をかしげざるを得ないのだ。
それは虐めっ子に遭ったら、進んで金品を差し出せというのに通ずる部分はないか??
虐めっ子に遭ったら、抵抗せずに大人しく殴られていろというのに通ずる部分はないか??
何がなんでも抵抗しろ!という根性論でもない。ただもしも抵抗するチャンスがあれば、もしも勝ち目が少しでもありそうなら、虐めっ子に対して必死になって立ち向かえ、というのはそれほど間違ったことではないように思えないか?少なくとも、立ち向かおうとする子供を否定してしまうのは如何なものか?
その結果が虐めっ子に殺されてしまうことに繋がったら??
それは確かに不幸な結果ではある。。。ではあるが、だったら虐められるがままに過ごすのは不幸ではないのか??
抵抗できそうな時には、或いは抵抗したいと本人が欲するなら、それを他者が応援もしてやらずにやめておけと否定するのが正しいことなのか?

もっと言えば、その理屈は、大人しくレイプされろという論理に限りなく近づきはしないか?
例えばインドでレイプされそうになったら(インド社会のレイプ事件については耳目を集めてきたからご存じだろうと思う)、されるがままに無抵抗でレイプされろ、抵抗するなんてバカげてる、命を大切にしろ、というのに等しくはないか??
少なくともどう贔屓目に考えても、そのふたつのケースの境目はとても微妙なものでしかない。

生きていることがすべてではない。
世界中には、たくさんの女性たち、レイプされるくらいなら死んだ方がマシだ、と考える女性たちがたくさん存在する。
生き残ることがすべてではないと考える女性たちが存在するということだ。
尊厳を持って生きていることが重要なのだ。
レイプされた恥辱を忘れることができない人々がたくさんいるのだ。
忘れろ、と言われて忘れられるものではないだろう。いつかきっと忘れられるという例の"時間が解決してくれる"というまやかしは通用しない。
忘れたはずの想い出は、何度も繰り返し、フラッシュバックのように蘇り、生涯に渡って、その人を苦しめ続けるだろう。

屈辱や恥辱の記憶の強さは人によって異なる。他人から見れば些細なことを人生の悪夢として抱え続け生涯に渡って苦しむ人もいるだろう。
強盗に貴重品を盗まれて、追いかけもせずに、ただ指を加えて見送ったことを、ひよっとしたら彼は一生悔やんだかも知れない。。。それはふとした瞬間に彼の脳裏に映像として蘇り、彼がまったくレベルも場面も異なるケースでちょっと男らしい発言をした瞬間に、彼を内面で赤面させ、追い込むことになったかも知れない。そういう時、彼は一生"なぜ俺はあの時、追いかけようともしなかったんだ!?"と失くしたモノ以上に、失くした自分自身の矜持を悔やんだかも知れない。"泥棒!!"と叫んだおかげで、通りすがりの人が泥棒を捕まえてくれたかも知れない。そこで生涯に渡る友情を紡ぐ出会いがあったかも知れない。どんなことが起こったかは、誰にも予想できなかったし、悲劇がどんな形で彼を待ち受けていたかを予測することは誰にもできなかったのだ。

強盗に抵抗して強盗を退治した人々の逸話も世の中には五万とある。
お婆ちゃんが抵抗したら、逃げ出した強盗の話だってあったはずだ。

一方で、抵抗せずとも殺されるケースだって無数にある。
強盗に遭ったら、その一瞬のうちに、大人しく自ら金品を差し出すか、抵抗するかを選ばなければならないのだ。
ふたつにひとつ。他にはない。
その瞬間にどちらに賭けても生命の保証はない。金品を差し出せば助けてくれるんじゃないかというのは強盗に対する温情の期待値でしかない。(少なくともGuatemala CityやSan Salvadorではそんな温情はまったく期待できない。)

だから決して抵抗せずに強盗に金品を差し出した人をバカにしている訳ではない。
或いは恐怖のあまり抵抗せずにレイプされた女性(男性を含んでもいい)をバカにしている訳でもない。
そうではなくて、或いはまったく同様に抵抗した人々をバカにするな、否定するなということを言いたいだけだ。
抵抗するも、抵抗しないも、ひとそれぞれの人生なのだ。人それぞれの生き方であり、それぞれの選択肢なのだ。
"個性は人の運命である"という言葉を引き合いに出すまでもなく、人生はその瞬間の選択によって行き先を変えるのだ。
その瞬間、"抵抗できる"と思えば、抵抗するだろうし、"無理だ、抵抗できない"と思えば抵抗しないだろう。
外国だから...なんて理屈は理由にもならない。外国であれ、日本国内であれ、起きていることは同じだ。
海外の方が日本より危険だなんていう人たちは、日本のニュースをみたことがないのではないのかと訝しんでしまう。
日本では毎日のように、金銭目的でも強姦目的でもなく、恨みにもよらない、逢ったこともない見知らぬ人に、訳もなく、ただ殺したいという衝動だけで殺される人がたくさんいるではないか?!
自分や自分の周囲の人がそういう事件の被害に遭ったことがないから日本は安全だと主張するのは本当にバカげている。
犯罪統計の数字もただの数値でしかない。
確率はどうあろうとも、明日あなたが犯罪に遭う可能性は常に存在する。犯罪にあった時に確率的な運が悪かったのだと自らを慰めれる人はそうはいないだろう。

日本国内で危険ドラッグの中毒患者に故もなく殺される人もいる。海外旅行地で交通事故で亡くなる人もいる。
地震や災害で命を落とす人もいれば、戦場で生き延びる人もいる。
飛行機事故で生き延びる人もいれば、自撮りの為に転落死するような人もいる。
マントのようなスカイスーツと呼ばれるものを着て、絶壁から何度も飛び降りても生きている人もいれば、遊泳中に溺れる人もいる。
餅を喉に詰めて死ぬ人もいれば、"ワニ出没、遊泳禁止"の忠告も聞かずに泳いでワニに食われて死ぬ奴もいる。
海外旅行中に強盗に遭って殺されるのは、中でもそれほど"特異な死"ではないし、少なくともバカにされるような要素はない。

彼は自分の人生を生きたのだ。(ご存じのない方の為に付記するとコロンビア、Medellinのケースだ)
悲劇だし、残念な結果だけれど、彼の生き方を否定するのはもっと残念だ。
旅の途中で命を落とすのは、そんなに最悪の死に方でもない。
他に最悪の死に方は五万とある。
カーレーサーがレース中に死ぬのと同じだとは言わないが、似てなくもないんじゃないのか!?

彼は泥棒に荷物をひったくられて、"クソッタレ、このバカ野郎!!"と思ったんだろう。
ひったくりだ。暴力的な強盗とはかなりニュアンスが違って、それほどの危険は感じない。
危険は感じないから追いかける。それはまあ割りと普通の反応だ。
相手がはなっからピストルを持っているなら、普通はひったくりなんかせずに強盗を選ぶからだ。(少なくとも被害にあった瞬間にはそう判断してしまうのを避けられないだろう。)
だから当然のように、彼はひったくり犯を追いかけたのだ。
たまたま運悪く、そいつらは2人組で、万一の為に相棒がピストルを持って見張っていたのだ。
そういう手合いはいなくもないが、必ずしもでもない。
脅しでピストルをちらつかせるだけでも効果はあったろう。けれど彼の猛追が凄まじく、ひったくり犯たちは危険を感じたのかもしれない。
ピストルを脅しで使うタイミングもなかったのだ。そして発砲した。。。

人はそれぞれだ。
みんながみんな同じように行動する謂れはない。
好きなように各自が自分の判断で自身の人生を無数の判断や選択と共に生きる。
そして時に間違う。
誰しもが間違う。
正直な話、なにが正解かなんて誰にも分かりやしない。
結果論でとやかく言うのは簡単だけれど、こうすべきだとか、ああすべきだとか言ってみても仕方ない。
いや、とやかく言う自由くらいはあるかも知れない(笑)。
こういうケースではこんな危険=リスクが隠れているかも知れませんから気をつけてくださいという忠告でもいいかも知れない。
ひとつの心傷むニュースをみて、身近な出来事であるニュースとして、感じたことを好きなように書く自由はあるだろう。
けれど、徒らに無抵抗を説く必要はないと思えるのだ。
それは人それぞれの選択だ。
無抵抗がいつも正しい訳ではない。
そして亡くなった彼の行動を否定するのではなく、敬意を払ってあげても悪くないかもしれない。

命懸けで旅をし、命懸けで旅を愉しむのも悪くない。
人生が闘いそのものであることを否定できる人は多くないだろう。
旅もまた人生の一ページであるならば、旅もまた闘いであって当然だろう。


闘うことを愚かというな。
闘うべき時には闘わねばならない。
だが正直なところ、人生で一度も闘ったことのない者がその最初にして最大の闘いで勝ちを収めるのはなかなか難しいと言わざるを得ない。
負けられない闘いに勝つ為には、闘い方を知ることと、何度も闘った経験が必要だったりもする訳だ。
もちろん、負けた時には常にリスクを取らされる。
闘いとはリスクそのものなのだから。
もちろん、旅もリスクとの闘いだ。
人生もまたリスクそのものだ。

闘うべき時には闘え。
いつ闘って、いつ闘わないかは自分で判断してもらうしかない。
そして負ければいつだってリスクを払わなければならないってことも承知しておいて欲しい。
だが敗者を嗤うなっ。
闘いもしない者が敗者を嗤ってはいけない。

そして悪意の欠片もなく、寧ろ善意なのは理解できるけれど、徒らに無抵抗を説くのにも違和感を感じたのだ。
それがこのblogを書かずにいられなかった理由だ。

今はどういう感覚なのか知らないが、例えば海外旅行が初めて自由化された1970年代、海外に出るということは、それはもう生きて帰るという保証はどこにもなかったと言っていい。(クレジットカードも、銀行カードもなく、現金の持ち出し額にも上限があり、それがすべてだった。)それがツアー旅行、パッケージ旅行の時代を経て、誰でも気軽に旅行できる時代になり、インターネットやガイドブックが充実し、さまざまな情報が簡単に入手でき、世界のあちこちに日本人が居住し、海外旅行は飛躍的に安全なものに変化した。。。そう考えられているのだろう。
だがそれは思い過ごしだ。或いは本当に舐めた考えだ。
海外に出るということ、況してや1年とか2年、世界一周だなんていいながら、長期間に渡ってたくさんの国々を旅するつもりなら、命の覚悟くらい括っておけっ、と言いたくもなる。ちょっとした遊びだと考えているならそもそも旅なんぞやめておけと言いたくなる。
どうせ何も得やしない。
命くらい賭けていいんじゃないのか?? 
人生と命を賭けて、せめてそれくらいの覚悟を持って旅を愉しんで欲しいと思うのは爺の戯言か??わははははははははははははははははははははははははははははははは




旅だけの話をしたつもりもない。
どう生きるかってことだ。
それと同時に、他人の人生を評価することの難しさについてだ。





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近況報告  [Argentina 2017]

さて、たまには近況報告も。。。

仕事は順調に機嫌よく働いております。
ようやく4月からの新メニューが決まり、かなり日本食に近いものを提供することで話がまとまりました。

前回は仕事を始めてすぐの報告だったので、その後の経過を簡単に。。。
前回の報告後すぐギョーザの試作品を作って提供したら、即日、財団の理事長に呼ばれる。。。で、出来れば正式に契約して欲しいとのこと。そう、滞在許可(レシデンシア)を正式に取得して、正社員として登録して欲しいとのこと。
お話に拠ると、なんでもアルゼンチンには日本人移民の歴史がある所為で、現在でも移民の特別枠があるらしい。
だからアルゼンチンでの居住許可の申請は比較的簡単だということらしい。手続きの為の財団職員をその場で紹介される。
おまけに、いつ辞めるも自由だから、そこは強要しないというお言葉も頂戴する。
まあ、簡単だと仰るなら、手続きしてもいいですよと返答。

その後、例のデザート作りに励む。。。
ただオーブンが古くて。。。奥は深いのに天井が低い上に火力調整がうまく行かない。。。焦げる。。。アルミホイルを途中で被せるも、オーブンの天井が低すぎる所為でやはりうまく行かない。。。ただ焦げさえなければ、味も申し分ない。
ベイクド・チーズケーキ、レアチーズケーキ、そしてスフレチーズケーキに、チョコレートムースケーキなど作る。
オーブン不使用のものにも問題があって、ここアルゼンチンではラウンドカットケーキの他にかなり大きめのタルトサイズの丸一個サイズが人気がある。
だがそんなサイズのシリコン型は販売してない。。。
厨房機器、厨房用品の店を虱潰しに回って、なんとかそれらしきものを見つけたのだが、どうにもシリコンというよりはゴム製。。。
分厚いのでケーキをきれいに取り出せない。。。
カップケーキサイズのシリコン型ならあるのだけれど、それじゃ嫌だと言うし、切り分けるのはもっと嫌だと言う。。。
どうしようもない。よっぽどゼラチンやアガーで硬めに固めるしかないが、そんなことしたらムースでもなんでもない。。。

で、やはり本当に美しいケーキを作るには専用のオーブンが要るという話をしたのだが、なんとゼネラルマネージャーのJoseは、レストランでケーキは作らなくていいと言い出す。へっ!?あんたが要求したんだろが??と思ったら、自分の奥さんに教えて欲しいという話。
ああ、なるへそ。。。
前にも書いたように彼の奥さんはケーキ屋をしていて、そこで作ったケーキをレストランが購入している。
だから寧ろ、このレストランでわたしたちが作るのは彼の利益に反する訳だ。わはははははははははははは
で、わたしがレシピを奥さんに教えれば、彼のケーキショップで店頭販売も出来るという一挙両得の構図。わはは
やるなあ。まあ、ええけど。
それにここのコックたちに、それだけの能力がないのも事実。。。少しばかり繊細な作業すら無理とみた。わはは

で、その後買い出しから始まって、4月からの新メニュー試作に入る。
ここのレストラン、4ヶ月毎にメニューを変えるらしい。本来は3月21日に変えるという予定だったが、丼鉢などの入手が間に合わず。。。4月からということに。
ラーメンもしたかったが、今回すべてのメニューレシピを変更するので、ラーメンまでは手が回らないはずだから次回8月にという提案をした。

今回は思い切って、できるだけ日本食の基本形に戻ることに。
彼らは一度も日本食を食べたことも作ったこともないのに、勝手にアレンジしている。
だから一度、彼らに基本の味を教えてから、次回8月にアレンジを導入すればいいという考えだ。
だから中南米では初めて魚料理として、煮魚、焼き魚、味噌漬けの3種類を提供する。(味噌漬けはMAIDOのオープンメニューに入れたかったのだが却下された。笑)
それに薄切り肉を使ったメニューも提供してみることに。(牛肉の生姜焼きを丼と一品の両方で)
和牛には柚子胡椒を使ったソースを。鴨肉は和風の合鴨ローストをイメージ。なんとJoseの願望でたこ焼きまで提供することに。(できるのか??不安)

この火曜日にはすべての料理を撮影。。。もっともわたしはカメラがないし、地元アルゼンチン人のカメラマンが撮影。。。
さて、どんな仕上がりになったのか?? 不安。。。なにしろ。カメラ一台。。。反射板もライトもなにもなし。。。あーあ。。。
しかもそれで無謀にも全料理を並べた写真まで撮影。。。Photoshopでも限界があるぞ。。。汗っ

さらに次の火曜日には夕方6時から、全従業員を集めて、すべての料理を作ってみせて、コックには作り方、ウエイターには素材と調理の説明をすることに。
さらにすべてのレシピを整理して記録しなければならないし、調理過程も必須だ。
リストは、必要な購入素材と下準備のすべてと、ソース類のレシピ、各仕込み過程、そして実際の提供時の調理過程、プレゼンテーションに至るまで5種類に及ぶ。

ともかくこのレストランには記録されたレシピが一切存在しないことが最大の問題。
しかも4ヶ月毎にメニューを変えるというシステムが悪循環となって、古いレシピの記憶はどこかへ消えてしまうという結果を招いている。
だから少なくともわたしがいる間に作った料理のレシピはすべて記録して残さないといけない。
そして4ヶ月毎の新メニュー導入というシステムも一部を交換するだけに留めないといけない。すべて変えてたら何もかも忘れさられてしまう。
年間のメニューを2-3シーズンで固定する必要がある。もちろん、新しいアイデアがあれば追加すればいいが、基本はシーズン毎に同じようなメニューが回ってくるようにすべきだ。そうしないと入れ替わりの激しいメンバーでは、あっという間にまったく異なる料理になってしまう。
わたしとしては、固定メニューに、季節メニュー(夏・冬の気候差が激しいので)、そしてシェフのおススメメニューの3パターンで十分だと思える。
実際、シェフのおススメメニューだけ新しいものを提供すればいいのだ(それなら昼の部と夜の部は別にしても問題ない)。
しかもそれなら4ヶ月毎ではなく、2ヶ月-3ヶ月毎でも、各月でも可能だろう。

そんな訳で少しずつ忙しくなりつつあります。
4月に新メニューを導入したら、1週間はキッチンを助けて、次の週からは寿司場に入って、イチから教えなきゃ。。。
ここもなかなか大変。。。誰一人日本レストランで働いた経験がない。
なかなか器用に作ってはいるが、最大の問題は遅い。。。とてつもなく遅い所為で、なんと寿司を作り置きしてる。。。ダメダメ。。。
で、もちろん、余ると捨てる。。。バカなっ!?
そんなもんで利益が出るかっ!!
もちろん、酢飯からすべておかしな具合だ。具材の調理もなにも考えてないから、生しいたけを素揚げにして何の味付けもせずに巻き寿司の具にしている。。。油吸ってるだけやん。。。豆腐もフライパンで炒めて、醤油かけて巻き寿司の具材に。。。なんで??
巻き寿司の具材には、とんかつや和牛肉を焼いたものもある。いろいろあってもいいが、問題はアイデアだけでちゃんと味付けや具材の相性に工夫がないこと。ただのアイデアだけ。。。そこに理由はない。作ってみて、なんとなくイケるからこれにしようって感じ。
もちろん、原価計算など誰ひとりしたことがない。ひー。。。

これをイチから教えます。抵抗がないことを祈るばかり。
一応寿司場には責任者がいるので、彼に恥をかかせないようにね♪ わはは

気ぃ遣うわ。わははははははははははははははははははははははははは



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近況報告 その2 [Argentina 2017]

さて、ついでに近況報告を続けよう。

そんなこんなで2月15日からわたしは新しく部屋を借りた訳だ。。。

糞忌々しい部屋を、だ。
わははははははははははははははははははははははははは

もう、Buenos Aires最大の問題は住居だ。
Buenos Airesでまともな住まいを借りるには、セントロから1時間以上バスで通勤するような郊外か、月6万近く支払わなければならない。
月4.6万支払って借りた部屋は、もうこれまでで最悪の部類だ。

個人の家なのだが、オーナーが嫌な奴で、最初に説明すべきことを、支払いを済ませ、入居してから告知してきたのだ。
契約時には、事細かにいろんな説明をされた挙句、契約書にサインまでしたのに、その時にわざと説明せずにわたしにサインさせた糞野郎なのだ。
まず部屋にベッドはあるがシーツも枕もなにもなく、自分自身で買わなければならないということ。さらにキッチンにあるさまざまな調理器具も一切使わせてもらえず、ナイフ、フォーク一本、鍋、フライパンからすべて自費で買えというのだ。まだまだ続く。共同部分のトイレやキッチンは交代で掃除しろというのだ。
そんなこと最初の契約時に当然いうべきだし、家具付きということで募集してた訳だから普通じゃこういう話の展開はない。
だが仕事場の仲間たちに訊くと、Buenos Airesではそういうケースも少なくないという。。。
先に入居してたブラジル人に訊くと、彼の場合もまったくわたしと一緒だったというから、完全な故意な訳だ。
もう悪質という他ない。

おまけにキッチンは散らかり放題でまともに調理するスペースはない。片づけようがない。
さらにその散らかり放題のキッチンにはテーブルが一台もなく、食事は2階の自室へ持って上がってする他ない。だがこの家、変わった造りで、1階から2階へはこれまた植木などでとっちらかった小さな中庭を通らなければならない、すなわち外を通るので雨が降ってたりしたら、料理も自分も濡れながら2階へ上がるしかない。(これはわたしの確認ミスだ。)
もっともわたしをイライラさせるものが、キッチンの他にもうひとつ、実は老犬が一匹いるのだが、そいつがところ構わず小便、大便をする。
中庭を歩こうにもあちこちに小便などがあるし、ともかくアパートに戻った瞬間から、ずっと糞臭い。。。
考えてもみて欲しい。仕事を終えて自宅に帰って中庭に通じる玄関の扉を開けた途端、糞の臭いがいつも、いつも鼻をつくのだ。
もう勘弁して欲しくなる。。。

そんな部屋の契約期間は1年。。。1年以内だと一ヶ月分の保証金は全額没収。。。
もう最低だ。

だがこんなところに住み続ける気はない。
今はお金がないが、資金が貯まり次第、こんなところ出ていってやるっ!!
だがカメラも買わねばならないし、トホホな生活が続く。。。ひーん。。。

職場の同僚たちはみんな1時間半から2時間半掛けて、郊外の実家から通勤している。。。それがどれだけ大変なことかは想像に難くない。
だから市内に住もうとすると、どうしてもパートナーと同棲して、共同で部屋を借りるしかないということだ。
わたしの給料からでも毎月7万円はさずかに支払いたくない。電気ガス代を入れれば、あっという間に8万円だし、なんとここBuenos Airesでは半年ごとに10%の値上げが当たり前らしいから、あっという間に9万円になる。日本と同じというか、日本の地方都市より高いだろう。

やはり住居に不満があるというのは、精神的にキツイ。。。
仕事を終えて、戻った場所は小さくても、清潔で、快適であって欲しいものだ。
これまで10年間、さまざまな国で何度も部屋借りをしてきたけれど、こんな経験は初めてだ。
だが誰に訊いてもBuenos Airesではそんな状況がすべてとは言わないまでも、ごく一般的だと言う。

正直、職場にはそこそこ恵まれているけれど、住居を考えるとBuenos Airesが嫌いになる。
相変わらず、バスの運転手やスーパーの店員など半数の人々は、どついたろかと思うくらい不親切で、偏屈野郎だ。
親切で優しい人々もいるが、半数を超えることはない。
本気でしばいたろかっ、ワレェ~!! と思うことがしょっちゅうある。わはは

ハッキリ言えば、Buenos Aires人は、ガメツイ。
がめつくて、自分本位で、血の気が多い。
中南米でこれほど喧嘩をよく見るのもBuenos Airesが初めてだ。電車でもバスでも何処でもよく喧嘩してる。
デモも大好きなようで、年中デモが止むことはない上、よく荒れる。。。
荒れ具合ではMexicoに次いで2位、3位がChileか。以下、Colombia, Chile, Peru, Ecuadorと続くが、Ecuadorなんてホントに大人しいもんだ。(もちろん、それでもデモとなると十万人以上は行進するから、日本とは比べものにもならない。)
社会参加意識が強いのはいいことだと思う。。。日本なんかに比べれば羨ましいくらいだが、彼らの要求はとても社会主義的で、職場でも労働時間や休憩時間、仕事内容について、それくらい我慢しろよ、どれだけ恵まれていることか!?と思うようなことでもひたすら文句を言う。
ありていに言って、アルゼンチン人は勤労ではない。(Chile人は勤労タイプだ。)

先日、日本から知り合いが観光旅行でBuenos Airesを訪れた。
彼女は紹介されて、アルゼンチン人の友人の友人宅に宿泊させてもらうことになったのだが、なんと一日500ペソ(約33ドル)も要求されて、しかも食事つきとは言え、滞在した10日間、野菜とピザ、パンくらいしか出て来なかったというのだ。(菜食主義だと説明されたらしいが、後日それが嘘で彼らだけは肉を食べていたことが判明したというのだからタチが悪い!!)
友人の友人とは言え、一泊500ペソなんて考えられない金額だ。(しかも相当に遠くて不便な場所だった)
ホテルで個室を借りてもそれだけ支払えば十分だ。400ペソくらいで見つかるだろう。
それくらいガメツイ。。。悪意すら感じるほどだ。

Buenos Airesというのは、それくらい一筋縄ではいかないところがある。
仕事はよくても、こんなところで1年も2年も住むのは正直嫌だなあ。。。快適な住居が見つからないとなると、さて、どうするか??(笑)



まあ、それでも今週は職場の友人宅でアルゼンチンBBQのアサードをしてくれたり、また別の職場の友人が参加する演劇集団の公演に無料で招待されたり、いろいろ忙しく、楽しくやっとります♪
また今月は日本からの旅行者に加え、Medellinで知り合ったスペイン人のJavierもBuenos Airesを訪れていたので、再会できた。
ホント最大の難点は住居なんだな。


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エクアドル不正選挙の行方  [Argentina 2017]

さて、Ecuador選挙について書き留めておきたい。
2017年2月19日、エクアドルで大統領選挙が行われた。
第一回投票結果では当選者が確定せず、来たる4月2日に第二回、決選投票が行われることになっている。

まずこの選挙が現大統領コレアによる代理選挙だということを挙げておきたい。
コレア大統領は2007年から現職にあるが、これまで憲法の再選規定と任期規定(2年を4年に)を改定して、2009年に再選(2年)、さらには2013年には4年任期として現職に留まり続けてきた。だが彼はさらに永代大統領としてエクアドルを支配したいと考えている。その為に彼は2014年10月31日無期限再選を憲法裁判所に認めさせたが、コレア自身の直接再選を規制する意図を持って、かろうじて憲法改正の承認は2017年5月24日とされた(絶対過半数を獲得するコレア派だが、野党の矛先を交わす目的で条件付けされた)。すなわち今回の選挙時においては無期限再選は適用されない。現規定では再選は一回だけだから、今回の大統領選挙に彼は出れない。従って彼は自身の代理としてレーニン・モレノを代理として立てた。そしてモレノの後任として再び、今度は無期限再選を手に2021年大統領職に返り咲こうという手筈だ。
だが偶然にも今回の代理選挙はコレアにとってとても重要な意味を持つこととなった。それはこれからの4年間がEcuadorにとってもっとも困難な解決不可能な状況に直面するからだ(最後の引き金は10年後の地震復興債の償還期限だが)。Ecuador国庫はもはや空だと想像されている。長引いた石油価格の低調によって外貨収入がなく、にも関わらずドル経済によるEcuadorは、ドル紙幣を印刷する度に、保有している金Goldを米国に支払わなければならない。さらにそうやって印刷した多くのドルが輸入によって米国へと流れてゆく。。。これは自国にとって二重の損失となるしかない。だからコレアはこの数年に渡って、輸入規制を強め、毎年輸入を削減規制してきた。
だがどうしたって、収入より支出の方が多くなるのは構造上止められない。金Goldを支払ってドルを印刷し、そのドルを米国に支払うのだ。どんな手があろうか!?
幸いにも石油価格はサウジの減産協力により上昇を始めたが、その後の価格は安定値にあり、かつての勢いはない。
もはやじり貧のEcuadorはこれからの4年間に最初の危機に直面する。だからコレアとしては、この4年間の失策を代理であるモレノの失策に押しつけることも不可能ではないということだ。普通なら国民はそんなものに騙されないと思うが、いやいや貧しいEcuador国民の認識はとてもそれを見破れるようなものではない。彼らのコレア人気は不動のものだ。中間層はようやく気付きつつあるが、それが今回の選挙の結果を左右することになるだろう。

だが2月19日に行われた大統領選挙では国民の前に暗雲が立ち込めた。。。
不正だ。
それもあまりにも大規模過ぎて、嘘じゃないかと思われるほどの不正選挙だった。
当日からFacebookに次々と信じられないようなコレア派の不正選挙の実態が写真つきでupされ続けた。
それはもう本当に俄かには信じがたいものばかりだった。

同一居住地で同姓同名の異なる顔の投票券が次々にFacebookにあげられてくる。(各地の選挙監視委員が不正を見つけてupしている様子)
なかには完全に未成年どころか、幼児の顔写真の生年月日は成人の投票券まで存在する。(※投票は写真入り身分証明書と投票券のふたつで可能となる)
各地で本来、投票者に届けられるべき投票券が大量に燃やされていたり、また投票後にまとめて焼却された残りの身分証明書(偽造)が発見されたりと、それがもしすべて真実だとしたら、とんでもないイカサマ選挙だったことになる。
ベネズエラ人がEcuadorの投票券と身分証を所持していた例もあった。
投票券だけでなく、写真入り身分証明書と写真入り投票券の両方を偽造しなければならない訳で、もちろん、国家の大々的関与なしには起こり得ない。

その結果を受けて、開票直後からEciadorでは連日、選挙管理委員会だったCNE前で大規模な市民の抗議のデモが続いた。
それは本当におぞましいくらいの、今でも半信半疑になるほどの大規模な不正選挙だった。

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だが、にも関わらず、左派モレノは38.68%、元銀行家の保守派ギジェルモ・ラッソは28.86%を獲得という結果だった。
だからもしも不正選挙がなければラッソが勝利していた可能性もなくはないと思われるほどだ。
※ちなみにエクアドルの法律では、第1回投票で勝利するためには、最低40%以上の有効票と2位の候補者に10%の差をつけなければならない。過半数の50%以上でも確定。

さて、開票結果を受けて、ことは4月2日に決選投票が行われることになった。。。
だが不正選挙は再び続けられるだろうことは間違いない。
これだけの規模の不正選挙が堂々と罷り通るならば、コレア派の勝利は絶対に動かない。
どんな対抗策もない。

国民は決選投票の結果を決して受け入れないだろう。。。
その時、Ecuadorはどう動くのか??


ちなみに破綻に直面するEcuador経済は、米ドル経済であるが故に、通常のデフォルトの形と少し様相が違ってくる。
もちろん、破産申し立てしかないが、負債によるというよりは金庫が空っぽであるというのが大きな原因となる。
IMFなどの支援を招く他ないが、過去の経緯からしてコレア派モレノは決してそれを受け入れないだろう。
となると、モレノには国家を中国に売り渡す他なくなる。米ドル経済からウォン経済への転換で、中国に国家に対して巨額投資してもらう手だ。
※ロシアはそんなことはしないだろう。
すでにジンバブエは中国ウォン経済国となっているから、あり得ない道ではない。

もしギジェルモ・ラッソが勝利してもEcuador経済が破綻している事実は変えようがない。けれど彼はきっとIMFなど国際金融機関の支援を求めるだろう。そして国内のガス価格という禁じ手を使うしかなくなる。
問題は寧ろその方がその後の2021年、再びコレアの再選を確実にするのではないかと思えることだったりする。

だから今回の選挙はどちらが勝っても、コレアは比較的無傷でいられる。
モレノが中国に頼ったら、それを非難し(わたしならもっとうまくやったと言うだろう)、ラッソがIMFなどに頼ってガス価格を上昇させたりすれば、それを非難するという手だ。
寧ろこれからの4年をコレアが担当していれば、それこそコレアの失墜を決定的なものにしたかもしれないと思えるほどだ。

コレアは最初の4-6年間ですべきことを、国民のとって必要なことをたくさんやり遂げた。。。
だがもはや彼にはどんなアイデアもないし、やたらと道路整備(公共工事)に注ぎ込んだ彼は石油価格の上昇に期待するという無策のまま国庫を空にしてしまった。。。Chavez時代に調子に乗って、米国と国際社会、取り分け、国際金融機関を完全に敵に回してしまった。。。
Chavez亡きあと、後ろ盾を失ったにも関わらず、体面にこだわって軌道修正の機会を逃してしまった。
彼には"ありがとう、コレア。そしてサヨウナラ"と言うべきなのだ。

石油価格の大幅な上昇はもはや見込めない。それはかつてのオイルショックがまるで冗談であったかのような、一向に減少の兆しを見せない原油埋蔵量に加え、シェールガス・エネルギーなど新しい形態の自然エネルギーの発見活用にもよっている。そもそも地球の寿命が45億年だとすれば、化石燃料と呼ばれた(現在では化石燃料ではないとされているが結局正体は分かっていない)原油がたかが100年や200年の使用で枯渇する程度であるはずもなかったのかも知れない。

無策で、外交拒否し、外貨不足から経済鎖国を選び、ただ原油価格の上昇を待つだけなのに、永遠に大統領の座(権力の座)に留まろうとする政治家などもはやEcuadorに必要でないことだけは確かなのだ。けれどコレア信奉者の耳目は閉ざされたままだ。何も現状を見ないし、知ろうとしない。

Gracias, Pres.Correa. Ahora adios!





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