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Ecuadorで強盗に襲われるの巻 [Ecuador日記]

 エクアドル2日め(脱日本1294日め)・・・9.Diciembre de 2010 (Jueves)
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 昨夜11時前、30時間のバス旅を終えて、ようやくEcuadorエクアドルの首都Quitoキトに到着。。。あぁ、しんどかった(笑)さすがに腰は痛いわ、尻は痛いわ、まともに寝れへんわで、クタクタ。。。だが国境で出会った人たちは、ペルーまで3日間掛けて移動する労夫婦や青年、それにチリに移住した家族の元まで、5日間掛けてバスで移動するコロンビア人女子大生など、30時間なんぞとは比べ物にならない長距離移動で、すっかり恐縮してしまいそうだった。わはは
 着いたのはいいが、ここ旧市街にあったバスターミナルは半年前に廃止されていて、北バスターミナルで降ろされてしまう。目的の安宿までトロリーバスだと1時間。さらにそこからタクシーに乗らざるを得ないということで仕方なく、最初からタクシーで移動。US$10。。。ちっ。。。
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 で、問題の事件。わはははは
はい。この旅で初めて"洗礼"を受けました♪
 朝から街を見て周る。。。朝食を捜しに出掛けたときは手ぶら。その後、カメラを持って下見した街風景を撮影に(朝10時頃)。。。東に向かって町外れまで。。。美味しそうなマンゴーを見つけて、マンゴーとバナナを買う。。。で、左手にカメラ、右手にフルーツの入ったビニール袋を持って、街角を撮影しながらぶらぶら歩く。。。とある街角を撮影し終わったところで、いきなり真横から(完全な死角で人影すら見えなかった)顔を殴られた。。。黒人系のお兄ちゃんが"カメラを寄こせ!!"とわたしに掴みかかってくる。カメラはさすがにいつもしっかりホールドしているので簡単には奪えない。アホかっ!!とばかりそいつを振りほどきに掛る。その瞬間わたしのTシャツが引き裂ける。。。相手はわたしより背が高かったので下手するとリーチが足らなかったかも知れないが(笑)、ありがたいことに、引きちぎれたTシャツを離さずに握っているバカだったので、そのまま右クロスを派手にぶちかますことに成功♪わははははははははは
 ぶったまげたお兄ちゃんの顔の面白かったこと♪まさか果物袋をぶら下げた右手でそのままクロスがくるとは想像しなかったか??
そんな訳で、さっさとお兄ちゃんが逃げてゆくのかと思ったら、そうでもない(笑)奇妙なことにそれから1分か、2分双方睨み合い。。。悪い癖でわたしはもうすっかりドSの笑顔(笑)。。。数十年ぶりに戦闘モードに火がついたわたしはカメラさえ持ってなければ間違いなく襲い掛かったろう。口から出た台詞は、"やんのかっ、こらぁ"って日本語ですがな。。。わはは。。。何度か挑発してやるが、再び襲い掛かってくる気配はない。で、そいつが捨て台詞に"今度、会ったら・・・"と言い掛けたので、こちらから"Proxima vez te matere 今度会ったら、殺してやる"と言葉を被せて差し上げましたです、はい。(笑)
 わたしの方を何度か振り向きながら、ゆっくり去っていったお兄ちゃんの後姿が消えるのを待って、わたしは路上に散らばった果物を拾いはじめる(笑)一部始終を見ていたらしい物売りのおばちゃんが"早く立ち去った方がいいわよ"と言って、わたしにビニール袋を差し出してくれる。ありがと、おばちゃん♪
 せっかくわたしがColombiaを去る間際に、MiguelがプレゼントしてくれたTシャツは完全に引き裂かれてボロボロ。。。口元を殴られたので、上唇、下唇ともに内出血してますが、何一つ盗られた訳でもなく、まぁ、その程度です。ご心配なく(笑)
 ジジイやと思て舐めんなよ!! わはは
 そんな訳で、Ecuador旧市街をカメラ片手にぶらつくと危険なこともありますという話。ただこんなことはやはり何処の国であってもおかしくはないことなので、特別Ecuador旧市街を恐れる必要はないと思う。常に注意は必要だが、なにもビクつく必要はない。すぐに"抵抗せずに・・・"という台詞が囁かれるけれど、抵抗するのが本能じゃないだろうか?(笑)
 どこかの誰かさんが、以前書き込みされていたように、実際に強盗被害に遭うことになったけれど、わたくし、こんなことでビビるような可愛い性格ではございません(笑)。勿論、相手がナイフを持っていれば刺されたかも知れない。けれど、別に明日死んでも構わないわたしには大したことじゃない。カメラとPCを盗まれるくらいなら死んだ方が簡単でいい(笑)もちろん、タダでは殺されませんがね。わはは
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 そんな訳で一旦、ボロボロになったTシャツを着替えに戻って、再びEcuadorの街を散策。。。
Ecuadorの町並みは本当に古の建物がたくさん残っていて、圧倒される感じがある。もちろん、Habana Viejoだって、Panamaの旧市街だって、たくさんの古い建物が残っている。けれどそこはすっかりスラムと化していた。ここも決して治安のいいと言われる地域ではないけれど、町並み全体としてスラム化している訳ではない。寧ろ、非常にきれいに保存されている。無数の教会が立ち並び、インディヘナの人々がゆきかう街。強盗には注意した方がいいが、町を散策するのはやめられないだろう(笑)、とても魅力的な街だ。
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 午前中は旧市街を回って、午後は早速、新市街の下見に♪(笑)
新市街にはレストランやバーがたくさんあるが、まさに新市街にはそれしかない(笑)まぁ、もっともそれでもMedellin市内(El Poblado)とさして変わりないようにも思えるけれど。新市街のホテルは高い。。。一番安いのがドミトリーで$6。個室だと最低$10だ。
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 さて・・・ここ数日以内にひとつの結論を出さなければならない。ここで仕事を探すか、Medellinへ戻るかだ。。。
いよいよわたしが出発する日になって、Miguelはついにお金を借りることに成功したらしい。彼はわたしにxxxxpeso支払うから戻ってきてくれと言っている。Taniaまでその気になって、今週中に借り入れ金が入金されたら、わたしに間違いなく支払えるように管理・計算して連絡すると言い出す始末だ。正直、まったくその気はないというか、敢えて戻りたくはない。だがお金が必要という事実は重く圧し掛かっている。。。
 恥ずかしいが笑い話だから、笑ってくれていいけれど・・・
こんなに手持ち資金なしで国を跨いで移動したのは初めてだ(笑)。。。少なくともこれまでは移動するときは最低でも$1000以上は持っていたが、今回はなんと!! たったの$300ぽっち。わはははははははははははははははははははははははははははははははははは
 こんなもの2週間ですべてなくなるだろう。アパートを借りる分にも足らない。これまでの最低は2度めNicaragua入りした時の$200だが、すでに仕事は決まっていたようなもので、別に危機感には程遠かった。それ以外では最初にCosta Rica入りした時ですら$700は持っていたはずだ。だが今回はたったの$300ぽっち。わはははは←何度も笑うな!?
 そんな訳で、意地を張っている場合じゃないというのも事実。ここで1週間以内に仕事が見つからなければ、とても苦しい状況に追い込まれるだろうことは間違いない。Miguelが提示した金額はこれまでの2倍弱なので、6ヶ月も我慢すれば、次回は余裕の資金を持って改めてEcuador入りすることが出来る。だがMiguelの問題は前にも書いたように借り入れの成否に掛っているだけでなく、同時に数々の問題をクリアしなければならない。だからもしTaniaが借り入れ金額をちゃんと受け取って管理するなら、そしてわたしにメールを送ってくるなら、こちらからはさらに給与以外にいくつかの改善点を条件として提示しなければならない。そのハードルをクリアしないなら、戻って一緒に働くことはできない。たった2ヶ月やそこらの時間稼ぎのために戻っても仕方がない。(もちろん、それでもわたし個人の資金的には随分と違いがあるけれど。汗っ)
 わたしの都合勝手で言えば、1-2週間ここで仕事探しをして、その結果次第で・・・と言いたいところだが、それではあちらの店がモタない。新しいコックを雇って、臨時で数週間働かせるには12月は稼ぎ時なので、相応しくない。彼らとしても今すぐ返事が欲しいところだろう。
 そんな訳で、わたしはちょっと迷っていると言っていい。わたしが物事に迷うのは極めてめずらしい。だがお金のことばかりはわたしの気持ちだけでは済まされないということだ。
 
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 ちょっと話を戻して・・・
いつもながらの国境物語。。。だが今回大変だったのは国境ではなく、Colombia国内。。。
Medellinから国境の町Ipialesまで20時間。。。ところがMedellinを出て、3時間もしないうちに高速で警察の検問があった。。。国内だぞ??まだ国境にも全然程遠い、Caliへ向かう道中のことだ。バスに乗り込んできた警官たちは全員の持ち物チェック。南米人を除く外国人旅行者はわたし一人だったが、男性陣はわたしを除き全員ボディチェックまでされる。さらにバスの荷物スペースに預けてある荷物をすべて臨検するという。バカなっ!?男性・女性問わず、すべての荷物を警官自らがひとつずつ全部取り出してチェック。。。空港でもこんな厳しいチェックは受けたことがない。わたしの番が廻ってきたが、バックパックの詰め替えなんてスーツケースじゃあるまいし、道路脇でできるもんじゃない。。。警官に手伝うよと申し出て、わたしがリュックを開き始めたら、そこでok♪助かった。。。しかしこれで1時間以上足止めをくらう結果に。。。結局国境に到着したのは2時間遅れ。。。国内移動でこのチェックは凄いな。。。今回国境での査証はすんなり。。。だが、ここでの問題はなんと両国の最終バスターミナルと国境が滅茶苦茶離れているってこと。その距離タクシーで15分くらい。。。Colombia側のバスターミナルから乗り合いタクシーで国境へ。そして国境事務所で手続きを済ませて、徒歩で隣国Ecuadorへ。それからEcuador側のバスターミナルまで再び、乗り合いタクシーで。。。なんて不便な国境なんだ。。。
 Ecuador側で乗り込んだのは普通バス。。。各駅停車??。。。おかげでそこから5時間。。。そして到着したのが先に書いたように本来の予定とは懸け離れた北バスターミナルだったという訳。ホントしんかどかったです。。。寝れるかいっ!!

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エクアドル3日め(脱日本1295日め)・・・10.Diciembre de 2010 (Viernes) [Ecuador日記]

  そんなこんな3日め・・・っても、実質2日め??(笑)
朝から再び、街を探索。。。新市街には写真ネタは何もないのが分かったので、旧市街をこの際、漁っておくことに。
ここEcuadorはインディヘナの国。特にここ旧市街にいると見かけるのは、ほぼインディヘナの人々が中心。物価も驚くほど安い。観光客に寛容な人々もいるが、やはり観光客を"招かれざる客"視する向きもなくはない。まぁ、彼らの立場になれば当たり前だ。逆に新市街は白人系とビジネスマン、富裕層が占めているのが現実だ。そこでは欧米の観光客たちもたくさんいる。Ecuadorに観光客が来る目的は大きく2つ。ひとつは赤道直下のこの国にある"赤道記念碑"を見にゆくこと。ふたつめはかの有名なガラパゴス島ツアーだ。残念ながらガラパゴス島ツアーは高すぎて、わたしのような貧乏パッカーには手が出ない。わはは。勿論、火山で有名なこの国はそれ以外にもたくさんの見所があるし、ここ旧市街も世界遺産として有名ではあるのだが。。。
 わたしは時間があれば、赤道記念碑くらいは見にいってもいいかなと思っているが、それよりもここEcuadorでもっとも有名な画家、芸術家であるGuayasaminグアヤサミンの美術館に興味がある。日本にいるときは彼の名前はまったく知らなかったのだが、何故かPanama Cityのお土産モノ店で、彼の作品をあしらったタイル画を見て以来、Ecuadorに来る一番の目的は彼の作品に触れることになった。もう場所は確認したので、明日にでも行こうと思ったら、なんと土・日が休館日じゃないかっ!!しまった。。。今日は旧市街の広場でコンサート(革命200周年)があって、大統領まで来るというので、そちらを優先したのだが、こんなことならGuayasaminを優先するんだった。。。ちっ。。。

 さて、先ほど、"赤道直下の国"と書いたが、それがそのままecuadorという国名の意味となっている。但し、標高は2800mと高いので、陽に当たっていると暑いけれど、日陰を歩くと寒いくらいだ。日差しは強く、吹く風は冷たいという、ちょっと妙な気候だ。OxacaやAntiguaでも似たような気候だったが、ここはもっと極端だ。本当に暑さと寒さが同居している。半袖で歩くなら日向を選んで歩く必要があるし、日陰を選んで歩くならセーターの一枚くらい欲しいところだ。相変わらずTシャツ一枚のわたしは出来るだけ日向を選んで歩いているけれど、ちょっと曇ってきたり、雨が降り出したりしたら震えるほどだ。わはは

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 そんな訳で、コンサートを見に行った訳だが、まぁ、なんというか、それほどアレでもなんでもなかったというのが正直なところ。多分にプロパガンダ臭の漂う集会だった。ただ街角のインディヘナの人々を無断で撮影するのは気が引けるが、ステージ上の人々はどんな意味でも遠慮はいらないので、それが目的と言えば、そんなところだ。例によってカメラマン然として、ステージ前に陣取る(笑)ただ貴賓席の関係で、余り自由には動けない。オフィシャルカメラマンがまったく動かないので、こっちもやりにくい(笑)

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 いよいよ大統領が到着した時になって、雨が降り始める。。。先に書いたように、ここで降る雨は物凄く冷たい。。。とてもじゃないが、濡れ鼠で演説を聴けるものではない。一気に会場の人々が動き出す。。。傘や雨合羽の売り子たちがここぞとばかりに大声を上げる。大統領が話し始めて、さらに雨脚が強まる。。。面白いのは大統領が"雨が強いから、ちょっと中断しよう"と言って、自分が降りた後のステージを観客たちの雨宿に提供したことだ(笑)気さくな大統領ではある。

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※壇上の大統領(左)と、要人らしき支持者(右)

 ここでわたしはもう引き上げることに。。。雨の中を走るが、寒さと空腹で震えてくる。。。雨宿りと腹ごしらえに、見つけた食堂へ走りこむ。。。寒いので、珈琲を頼んだら、ジュースしか売ってないと言う。。。スープは?と訊いたら、売り切れだと言われてしまう。仕方ない、ともかくランチを頼むことに。。。しばらくして寒さに震えながら、ランチを食べていると、先ほどのウエイトレスが"珈琲が欲しかったのよね!?"と訊いてくる。と、なんとカップにお湯とインスタントコーヒーを持ってきて好きなだけ淹れて飲めと言ってくれる♪ありがたい♪そのうちオーナーのご婦人がやってきて、わたしと同じテーブルで食事を始める。他もガラガラなのにだ(笑)。で、アレコレ話をしながら、"大統領が着くなり雨が降り始めたよ"と言うと、"(神が)彼のこと嫌いだから雨を呼んだのよ"なんて言う。"大統領は嫌い??"と訊くと、"ええ、大嫌い。"だって(笑)。。。
 どうもステージを見ていても、彼の支持層はインディヘナを中心とする貧困層のようだ。ボリビアのエボ大統領に倣ってか、多数決システムを先住民層に求めるポピュリスムが南米を席捲しつつある。エクアドルの大統領については正直よく知らないと白状しておく。チャベスと肩を組んでいるのは知っているが、同時にBoliviaとの間に国境紛争を抱える彼の立場はエボを加えてチャベスを頂点とする三角関係というところなのだろうか??
 貧困層やインディヘナの支持を得て、政治改革を行うこと自体はとても重要なことで、必要不可欠なことでもあるが、残念ながらポピュリスムはやはりポピュリスムに過ぎない。民主主義の名の下に行われる多数決選挙システムの最悪の利用方法だ。議論や理性によらず、多数決、人気主義に寄りかかって、利権をばらまくその姿勢は決して政治改革には結びつかない。政治改革はそれを求める人々の犠牲(代償、努力)なくしては成立しない。だがポピュリスムがやろうとすることはそれとは正反対で、目先の利益・利権をばら撒くことで票集めを目論むに過ぎないからだ。ばら撒かれた利権や利益は消費されるだけで、構造的改革とは程遠い。ベネズエラについて以前書いたように、人々に努力と忍耐を強いるようなポピュリスムは存在しないからだ。それはとても残念なことだ。もはや世界的に民主主義は機能不全に陥ってしまっていると言っていい。それが社会主義を葬った代償だとすれば余りにも哀しい。。。
 さて、話は逸れてしまったが、お勘定の段階になって、珈琲は売り物じゃないから無料でいいと言う。Ecuador旧市街、強盗も出るけれど、こういうステキな人たちも勿論、たくさんいるということだ(何もタダだったからステキだと言う訳じゃないですよ。笑)

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 さて、昨夜は雨が降って、夜の町並みを撮影できなかったので、今日こそ雨が止むのを待っていたのだが、一向に止みそうにないので、小雨.の中カメラを持って出掛ける。。。ライトアップされた町並みはCartagenaのそれにも似ていて、ステキな光景を生み出す。
 腹ごしらえは、中南米の国ならどこにでもあるエンパナーダ。だがここのは少し違っている。大抵はトウモロコシの粉で作った厚めの生地に鶏や肉、チーズなどを包んで揚げたもので、出来立てはいいにしても、作り置きされて並べられたものは正直旨いとは言えない。ここでも同じようなものもたくさん売っているが、今日見つけたお店は小麦粉で作ったピザ生地を大きく伸ばして包み揚げしたものでカルツォーネと言ってもいいようなもの。ナンくらいの大きさがあって、熱々の揚げたてで、とっても美味しかった♪今日はチーズを頼んだので明日は牛ミンチを頼んでみよう♪(笑)晩飯代わりには、ちょっと物足りないか。わはは


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Photo Blog ... Ecuador旧市街 [Ecuador日記]

 

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※旧市街でもひときわ目を惹くゴシック風の教会。。。

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※わたしの目を惹いたのは、何故か祭壇でもステンドグラスでもなく、対面の壁(笑)

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※中南米でガーゴイルを見かけることは珍しいのでは??
おまけにさすがガラパゴス島を所有するEcuador!! ガーゴイルと並んで亀だの、ワニだのと様々な動物たちが飾られている。。。そして、

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※笑ったのは、これ。。。ナニ??アリクイ?バク??それともアルマジロ??(笑)

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Photo Blog ... Quito 夜の旧市街 [Ecuador日記]


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※Ecuador名物??二連結バス。

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※そんなアレで、Blogに書いたエンパナーダ。。。美味しかったです♪


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エクアドル4日め(脱日本1296日め)・・・11.Diciembre de 2010 (Sabado) [Ecuador日記]

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 寒い。。。前にも書いたが、曇り空や雨、夜になったりすると、本当に寒い。。。セーターか、ジャケット買わなきゃ。。。だがジャケットは荷物になるのが嫌だな。。。とは言え、半袖じゃ頭おかしいと思われそうだ(笑)長袖も少しは持ってるんですけどね、ただ寝るときに必需品なので、外出(営業用)はまた別に買わなきゃな。。。誰だっ!?Ecuadorのことを"永遠の春"なんて言った奴は!!わはは

 今日は新市街へお引越し。。。仕事探しには新市街でないと動けない。で、一見、快適そうな宿を見つけたが、なかなかそうはいかない(笑)キッチンには取っ手のついたフライパンさえない。シャワーはお湯がチョロチョロ・・・風邪ひくわ!!そんな訳で、明日また別の宿に移動します。もう見つけてあるのだけれど、こればっかりは宿泊してみないと分からない部分がたくさんあるからねぇ。。。Ojala!!

 

 さて、もう1週間ほど前のニュースになるが、移動やなんやですっかり忘れるところだった(笑)"忘れていいよ・・・"という向きもあるかも知れないが、そうはいかない。わはは


「3年以内に肉のスープ」正恩氏が経済目標  読売新聞 12月6日

 【瀋陽=比嘉清太】北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記の後継者に確定した三男、金正恩(キムジョンウン)氏は11月上旬頃、平壌(ピョンヤン)での会合で「3年以内に国民経済を1960~70年代のレベルに回復させ、(金日成(キムイルソン)主席の目標だった)『白米を食べ、肉のスープを飲み、絹の服を着て、瓦屋根の家に住む』を、真に成し遂げねばならない」と述べた。
 中朝関係筋が5日、本紙に明らかにした。
 祖父である金主席の威光を背景に、経済再建で指導的役割を担うことをアピールするのが狙いとみられる。
 北朝鮮は金主席の生誕100年にあたる2012年を「強盛大国の門を開く年」として国力強化を目指しており、正恩氏は後継者に固まった9月以降、「過去には食糧がなくても弾丸はなければならなかったが、現在は弾丸がなくても食糧がなければならない」など、経済重視の発言をしてきた。


 これまでも北の飢餓については何度かニュースになってきた。だがそれはプロパガンダの可能性もあったし、北は"旱魃による・・・"と、気象異常の所為にしてきたし、飢餓の規模について具体的に発表した記憶はない。だが今回は気象異常の前置きもなく、国家の構造的=恒常的問題として公式に認めたことになる。"白米を食べ、肉のスープを飲"むことすら出来ないというのは、穀倉地帯であるアジアでは考えられないことだ。Cubaの現状とも比較にすらならない。主食である白米が食べられないというのは、中南米・アフリカで言えば、トウモロコシさえ事欠くという実情を示している。その目標が"国民経済を1960~70年代のレベルに回復させ"ることだというのは、実際のところ世界各国を探してもそうはないだろう。中東、アフリカで70年代、米ソの援助合戦で独立後、国民経済が安定し、その後の内戦によって、疲弊したという国家がない訳ではないが、それも内戦による混乱が長く続き、その後冷戦の終結とIMFの絞めつけによって、国際社会の支援・援助が不足してしまい、経済回復の目処が立たないままにあるというケースだ。
 だから北のように、事実上の南北朝鮮戦争の終結によって独裁政権ながらも安定した政権を維持し続けてきた国家が、60-70年代をピークに下降線を下り続けてきたというのは異常な事態なのだ(安定期にマイナス成長し続けてきたという事実だ)。キム・ジョンウンは"現在は弾丸がなくても食糧がなければならない"などと発言しているらしいが、現実には言葉とは裏腹に"外へ向かう"しかあるまい。国民に対するただのリップサービスと考えていいだろう。これらの事実は構造的な欠陥を示しているとしか思えない。労働力と労働意欲の不足によって、放置された田畑はそう簡単には回復しない。それに壊滅したと思われる流通経路やおそらく手もつけられずに放置されたまま機能しないインフラ整備の構築がもっとも大きな問題だと思われる(およそまともなインフラがないから旱魃・冷害などによって簡単に飢饉が生じる訳だ)。冷戦構造も消失し、頼りにするのは、唯一中国のプライド(面子)でしかない。その中国さえ、香港返還後のバブル経済に沸くとは言え、自らの体制を維持しつつ、社会主義統制経済からの転換をどうソフトランディングするか(中庸の道)という寧ろ、右よりの経済政策を手探りな訳で、北が中国との統一(吸収)を望むならいざ知らず、独立を維持した形で出来ることはほとんどないと言っていい。もしあるならば、こんな状況には陥っていないだろうということだ。
 韓国との統一が筋だが、それはあり得ないというか、経済的に不可能事だ。東西ドイツの統合の比ではない。未曾有の混乱が韓国経済をも破綻させるだろう。韓国にはそれだけの余裕はない。統一は韓国にとって、国民の悲願かも知れないが、実際的な問題として、国民は統一に伴う負担と混乱に耐え切れないだろう。

 キム・ジョンウンその人などには到底打つ手はない。ここが問題だ。変革せざるを得ない状況にあって、また変革を成し遂げたい(功を焦る)彼が、出口のない現状を打破するには、国家を破壊することにも繋がりかねないような途方もない博打を打つしかないということだ。少なくともその可能性があるということだ。これまで北朝鮮を巡る戦争危機説は米国諜報機関と政府によって操られたものでしかなかったと言っていい。ジョンイルにも、イルソンにも、戦争を起こす気はさらさらなかったと断言できるだろう。だが、功を焦る若者が何かを是が否でも変えたいと考えたなら、彼にできることは限られているというか、たった2つしかない。
 最善の方法は勇退して、国家再編に向けて国際社会の支援を仰ぐというやり方だ。だが勿論、これだって非常な混乱を伴うのは当然だ。おまけに統一問題を絡めてくる韓国や国際社会に対して、なだらかな経済復興には独立を維持したままの方が適切であるという点にコンセンサスを得る必要がある。残念だが、とてもじゃないが、キム・ジョンウンという人物がそんな手を打つはずがない。
 残るはキチガイ染みた妄想によって戦争を起こすことしかない。。。香港返還を契機として中国がバブル経済の恩恵に預かったように、韓国を強制併合することによってそれを目論むという実現不可能な妄想だ。。。

 言っておくが、以前から何度も書いてきたように、"戦争"と言っても、日本が標的になることなどあり得ない。唯一の可能性は米軍基地に対する攻撃であって、それも米軍が居留しているからこそ起こる危機であって、そもそも米軍が居留していなければ、どんな危機も存在しないと言える。もっとも米軍を直接攻撃して"米国を参戦させる"ようなことをいったい誰が望むだろうか?(笑)何度も指摘してきたように北朝鮮の最大の敵は韓国であって、日本なんぞではないという当たり前の事実だ。国境を接している訳でもない、海の孤島の日本が(韓国の背後に廻る)戦略的に重要な位置を占めるのは、北朝鮮が米ソ中と並ぶくらいの世界軍事・経済・人民大国であってこそであって(いわゆる冷戦時代に中国やソ連の執る戦略的要地であったに過ぎない)、現実の北朝鮮規模の国家にとっては手に負える話ではない。目の前の韓国攻撃・死守に精一杯であって、寧ろ日本など蚊帳の外に置いておきたいところだ。

 そしてもし開戦という事態に陥っても、軍事的には、もはや誰もが認める通り、それはたった数日から数週間で、北朝鮮の決定的敗北によって終わるしかない。唯一の長期化路線は、中国の調停によるもので、その場合も軍事的衝突そのものは同じようにたった数日-数週間で終わる点では同様だ。
 中国がもっとも懸念するのは自身の経済環境でしかない。せっかく好景気に見舞われているのに、半島での有事は中国経済を再び、暗雲の中に叩き込むだろう。だからもはや理念以上に、中国も経済問題を掲げざるを得ない状況にある。中国にとって北はとっくに見捨てても差し支えない荷物に成り果てている。ただ国家理念がそれを妨げているだけだ。理念の放棄は自身の足元をも揺るがしかねない。だがそれ以上に経済動向は大切だということを、すでに中国は学んだところだ。

 これまでは米国のデマゴギーに過ぎなかった半島危機が現実のものとなる可能性があるということだ。だが勿論、それはこれまで米国によるデマゴギーとはまったく別格のただの"数日間の局地的紛争"で終わる。北が在日米軍を攻撃するなどということも考えられない。それは彼らの決定的敗北を瞬時に齎すことしかしないからだ。という訳で、日本が後方支援や平和維持軍などという形で"参戦"協力しない限り、日本の危機などは幻影に過ぎないし、国内各地に於ける危機など同じようにあり得ない妄想に過ぎない。北が核を所持しているなどというのも(少なくとも今はまだ)デマゴギーに過ぎない。中国が供与しない限りにおいて彼らがそれを成し遂げる可能性はほとんどないと言っていいだろう。

 もはや中国は人口だけによらず、武力によることなく、経済大国=世界経済に影響力を持つ大国として、その地位を確立させた。国内各地の混乱の芽は、これから大きな問題になるだろうが、対外的には社会主義国として孤立しようとも、拒否権を併せて世界に物申すことのできる権力と地位にある。だが北の暴走を止めるには北政府にもっとダイレクトに関与するしかない。すなわち中国による軍事クーデターで北朝鮮政府を転覆させるのが、彼らにとっては一番簡単な方法だろう。それが正しいかどうかは別にして(同胞としてきた北政府の転覆をどう国民に対して説明付けするかも問題だ)、寧ろ国際世界はそれを望むべきなのだとさえ言える。中国政府を背景として軍事クーデターでジョンイル=ジョンウン政権を転覆させ、(中国的)社会主義の表看板を維持し、国家独立を維持しつつ、北朝鮮経済の復興と政治的安定を図るというシナリオだ。これは米=中両国の合意が背景に必要となるだろう。韓国は中国による北朝鮮支配に対して不満の声を荒げるだろう。だが南北統合はさらに先の課題として、それを受け入れるのが韓国自身にとっても一番の方法だろう。
 繰り返すが、それは米中の合意の如何に掛っている(韓国の譲歩)。日本政府は大国の影で吼えるのではなく、外野で大人しくしているべきなのだ。ただでさえ懸念されるアジアでの準軍事行動やそれらに関する発言は一切控え、これ以上反日の口実(疑念)を与えないように、日本政府は、アジア地域での紛争への直接介入は一切しないという"断固とした立場"を、寧ろこの機会に明確にして、紛争後の支援・協力に備えているべきなのだ。それは決して"弱腰"として非難されるような外交ではなく、明確な歴史認識を下敷きにした独自の外交路線としてアジア諸国からの理解を得ることも不可能ではないだろうし、また理解されるような外交努力と国内向けアピールこそが必要とされるということだ。

 一番の課題は21世紀にもなって、"国民経済を1960~70年代のレベルに回復させ"、"白米を食べ、肉のスープを飲"めるようにすることを目標として掲げるような状況に置かれた北朝鮮の人々を救うことだ。キム・ジョンイルが絶対悪だとするならば、その一番の被害者は国民であると考えるべきだ。"洗脳"を楯に、国民までも敵対視する向きもあるが、人々は生き延びるために従わざるを得ない状況にあると考えるべきだ。キム一族が如何に米国、韓国による被害者を演じ続けたところで、白米も食べれず、肉のスープを飲むことすらできない人々が、彼らを支持するには限界というものがある。
 本来は国民自らが立ち上がるべきなのだ。その時、国際社会は彼らを支援し、(場合によっては)介入することも可能になるだろう。本来はそれまで待つしかない。立ち上がらぬ人々を開眼させることはできない。敗戦によって開眼などできなかった日本と同じように(イラク、アフガニスタンもまた)、外部から齎された価値観を真似ることは出来ても、本当の意味で自らのものとすることは難しい。"自由"だとか、"権利"、"民主主義"だとかいう概念は戦後の日本社会において、外部から(教化として)齎されたに過ぎない。人々は未だにその意味を正しく学ぶことを"省略"したまま言葉だけ剽窃している。

 新しい世代への政権(世代)交代はイルソン=ジョンイルへの権力の移譲とはまた違った結果を招くことになるだろう。ジョンウンが何処かの国の"タカ派"を気取る政治家や知事たちのように漫画やビデオゲーム、ハリウッド映画並みの思考しか持ち合わせていないなんてことがないことを祈りたいものだ(恥)。いっそこれまでと同じように(国民が立ち上がるその日まで)何もしないでいてくれればいいと思うばかりだ。
 だが人々は、世界は限りなく愚かだ。だから世界が何処へ向かうのかは誰にも分からない。それは世界が想像を絶するほどに果てしなく愚かだからだ。

 願わくば、かの国の人々が自ら血を流して立ち上がるらんことを。
(血を流して)這い蹲るのも、立ち上がるのも、血を流さざるを得ないという意味では同じだ。
国民の選択の時却はもう十分に満ちているはずだ。。。


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続いては、ミーハーなニュース(笑)


映画ゴッドファーザーに登場の邸宅 買い手を募集中        2010.12.04  ニューヨーク(CNN)

 1972年に初公開された人気シリーズ映画「ゴッドファーザー」の撮影に使われた邸宅が290万米ドルの価格で売り出されていることが4日までに分かった。
 持ち主のジム・ノートンさんによると、父親が最近死去し、今回の売却を決めた。邸宅はニューヨーク市スタテンアイランドにあり、敷地の広さは4エーカー(約1万6187平方メートル)。寝室8室、浴室5つ、車両4台が収容出来る車庫、暖炉2個、英国風パブや屋外プールを備える。建物は英国テューダー朝時代の建築様式の流れをくむ。
 映画では、マーロン・ブランド演じた主役のマフィアのボス、ビト・コルレオーネが娘コニーの結婚式を催し、邸内で客からもめ事の仲裁を求められる場面などで使われた。
 ノートンさんの母親は映画撮影の裏で使われた小物などの記念品を集めていたが、出演俳優やスタッフらのサインも含まれているという。邸宅が撮影に使われたのは、映画にもコルレオーネの娘婿役として出た俳優ジャンニ・ルッソが近くに住んでおり、この建物で撮影することを提案したのがきっかけだった。配給先のパラマウンド映画のプロデューサーだったアルバート・ルディ氏がこれに応じたという。

 

 そうか、内部もスタジオセットでなく、邸宅をそのまま利用していたのか。。。Fredoの沈められた湖もあるのかな?(笑)
例の食卓もあったらいいな(いや、別にわたしには関係ないけど。笑)キッチンでスパゲティ作りたいな。わはは
そのまま記念館として一般公開したら、やはり採算割れしてしまうのか。。。コッポラ、買えっ!!(笑)「ゴッドファーザー」シリーズで終わってしまった監督なのに。。。わはは

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※写真はニュース添付画像


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※写真はcolaciones -mani con azucar-というピーナッツを砂糖で包んだお菓子を作っているところ。甘いものが苦手なわたしには縁がないが、どうしても写真を撮りたかったので1袋お買い上げ。$1(笑)味見しろと言われて、食べたが正直砂糖の塊だな。うがいしたくなった。。。わははははは
作業は3時間掛りで、途中、適当な大きさ砂糖が絡まったものを一粒一粒選り分けながらの作業。売り物はこれだけ。でも、いいオヤジたちが次々に買いに来る。みんな大好きみたい。


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エクアドル5日め(脱日本1297日め)・・・12.Diciembre de 2010 (Domingo) [Ecuador日記]

 今日は日曜ということもあって、大半のレストランがお休み。。。もっともなにやらサッカーの大きな試合があったらしく(まったくのサッカー音痴。笑)大型モニターのあるお店はテンコ盛りの大繁盛。
 サッカーに何の興味もないわたしは午前中に宿を替わる。今回は正解かも??ドミトリーだが誰もいないので、鍵つきでわたし一人で利用できる。おまけに部屋にトイレ・シャワー付き♪いいんじゃない!?(笑)
 さて、営業もできないし、仕方なく?旧市街の安売り商店街に厚手の衣類を買いに出掛けることに。。。
20軒くらい冷やかして値切って、$15でダウンジャケット購入♪ここで着るとわたしには暑いくらいだが、考えたらマチュピチュに登頂するには何があってもダウンジャケットの一枚くらいは必需品。ここならダウンの下は半袖のTシャツで十分かとも(笑)

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Taniaから"週明け(明日??)には、いい連絡が出来ると思うから待ってて"という内容のメールが届く。わたしの方は明日午前中にGuayasaminのアトリエ・美術館に出かけて、午後からは営業周りを開始しようと思う。まずは広告カメラマンとしての仕事探しから。
状況は相変わらず中途半端だが仕方ない、両天秤に掛けながら様子を見るしかない。ただアパートを探せないので、やはりホテル暮らしが高くつくのが難点。。。

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 Ecuadorについてのメモ。。。

 先にも書いたようにEcuadorでも、当然のように貧富の差は激しい。人口の3割をインディヘナが占め、6割がメスティソ、わずか5%の白人系とその他5%というのが公式データらしいが、6割を占めるメスティソたちもインディヘナの血を色濃く感じさせる人々の比率が高いようにみえる。
 この国は(特に首都Quitoを見る限り)住み分けという方式で貧困層と富裕層は分断されている。旧市街地にはインディヘナたちが集住し、独自の町を形作っている。そこでは物価が極端なまでに安く、$1-2でランチが供されている。だが新市街のレストランやカフェではColombiaと大して変わらない値段だ。ただ旧市街の物価の安さと、古き町の保存・修繕の良さの所為で、表向き旧市街に住むインディヘナたちの生活レベルは貧しいながらも決して悲惨さに満ちているようには見えない。貧しいなりに、それなりの生活が営まれているようにさえ見えるし、住宅状況も他の国々のスラムよりは遥かに整えられているかのようだ。だが彼らの最大の問題は失業率だろう。勿論、収入の低いことは言うまでもないが、昼間でも大勢の人々が公園で時間を潰していたり、或いは小銭稼ぎでしかないインフォーマルビジネスに明け暮れている。新市街やオフィス等での就労機会はほぼ奪われていると言っていいのではないだろうか?
 一方で何度も言うように、町全体の印象は決して悪くないほどに整えられている。旧市街のあちこちで、道路や上下水道、ガス管などのインフラ設備の修繕工事が行われているのが目につく。
 だが彼らは見えないゲットーによって、旧市街に閉じ込められていて、一方、新市街の人々も旧市街の省庁や銀行で働く人々を除けば、旧市街へは近づかない。わずか5%の白人系と、データはないが同じくほんの僅かの比較的恵まれたメスティソたちだけが新市街を支配している。中間層というものがどの程度のレベルで、どの程度の割合で存在するのかは、僅か数日の滞在ではまったく見えてこない。だからこれ以上のことを書く訳にはいかない。今はただ印象レベルでの覚書が精一杯だ。

 交通機関。。。

 驚くことにここEcuadorの交通機関は意外にも素晴らしい。トロレとエコビアという2大路線バスが旧市街と新市街を結んでいて、さらに多くの路線バスがそれ以外の地域を結んでいる。料金も僅か25¢だし、快適と言っていいくらいだ。バスでいうと、Panama Cityが最悪だった。酷い蒸し暑さの中、これ以上はないというオンボロバスにすし詰めで乗せられる上、大動脈の幹線道路が一方通行だったりする所為で、縦横に目的地を結ぶようなバス路線がまったく実現されていない(バスを利用せざるを得ない人々と"生涯決してバスなんぞには乗らない人々"との階級的差別が存在する!!)。2番目に酷かったのは例によってNicaraguaで、そもそも路線バスがきちんと整備されておらず、都市間を結ぶのは、まだまだワゴン車のようなミニバスが主要な交通機関として使用されている。当然料金も高くなる。一方、Colombiaの市内バスが他の中南米諸国と比べると異常に高い。Colombiaを除く中南米諸国では大体市内バスは10¢から25¢程度なのだが、Colombia(Medellin)では75¢もする上、Metro(電車)が街を東西に分断している所為もあって、やはり路線的には縦横にとはいかず、電車とバス、バスとバスを乗り継いでというケースが必然的に増えてくる。さらにコスト高となる訳だ。Guatemalaのバスはかなり酷かったが、長距離を走る割には安いし、路線は寧ろ充実していると言えなくもなかった(笑)。
 さて、なんでこんなことを書いているかというと、エコビアというバスがとってもユニークなのだ。その為の前書きだと言ったら、笑われるだろうか??(笑)バスというよりは市電のように見えたりする2両編成のバスで、やはりバス停というよりは駅というべき発着所を持っている。何がユニークかと言うと、扉が観音開きで、おまけに桟橋のように乗車橋がホームの乗客ら向かってバタンと下ろされ、再び引き上げられるのだ。わはは  ※写真参照。

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 さて、オープンしたばかりの日本料理レストランを見つけて訪問してみた。エクアドル人のご主人と日本人の奥さんで、まだオープンして1週間ほど経ったばかりだと言う。広告カメラマンとしてお話に伺ったのだが、コックとしての仕事に興味があるという。色々とお話をしたが、なにしろオープンして1週間、フランス人のシェフとエクアドル人の寿司職人との2名シェフでやっていて、3人もシェフは置けない為、"当面は週2日でよければ働いて欲しいのだが・・・"という申し出。そういうお話があるのは嬉しい限りだが、正直週2日では食ってゆけない。。。カメラマンの仕事と並行して・・・ということもあるが、そういう二股はあまり好きではないし、ここのレストランの数はたかが知れていて、どの程度の需要が見込めるかは甚だ疑問だ。ただフランス人のシェフが三半規管の"手術"のため年明けには、急遽本国へ帰ることになったらしく、彼の都合次第ではその後釜という話もないではない。ただ時期はまったく不明。今のところ"年明け頃"という話だけなので、さっぱりだ。。。
 さて、Medellinの方はどうなんだ??(笑)


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グアヤサミン美術館 [Ecuador日記]

エクアドル7日め(脱日本1299日め)・・・14.Diciembre de 2010 (Martes)

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 オスワルド・グアヤサミン Oswaldo Guayasamin ...1919 - 1999 Quito, Ecuador.

日本では、ほぼ無名に近いこのEcuador出身の芸術家のことは、先日も書いた通り、Panama Cityのお土産店で初めて出会った。。。買うはずもないお土産店に暇潰しで入店して、そこにあったタイル画にショックを受けた訳だ。で、その場でお土産店のオヤジに誰の作品なのかと尋ねたらEcuadorのGuayasaminだと教えてくれた。だが何で?Panamaのお土産店にEcuadorの画家のタイル画が??と再び尋ねたら、返ってきた答えは"ここにはたくさんのEcuador人たちが働きに出てきているから・・・"という中途半端な答えになるような、ならないよう返答だった(笑)
 まぁ、そのおかげで、こうしてグアヤサミンと出逢った訳で、どんな予備知識もなかった。。。どうなんだろ??日本で彼の作品に出会ったことがあったのだろうか??そもそもわたしは現代美術というやつにほとんど興味がないし、ラテンアメリカの画家たちにも同様に興味を抱いたことがない。実際のところ、わたしの中では美術史はシュルレアリスムくらいで止まってしまっていて、最期のホンモノの芸術家はアルベルト・ジャコメッティArberto Giacomettiその人だと奉じているくらいだ(笑)

 さて、おおまかな彼の作品の印象はスタイル的にはピカソの影響下にありながらも、ドイツ・レアリスムからプロレタリア絵画の匂いがすると言っていい。初期の作品を見ると、ゴーガンから、ルオー、ピカソ、ブラック、レジェ、クレー、それにフランシス・ベーコン、ケーテ・コルヴィッツまで、作品毎に様々なスタイルの影響下にあって、正直判断に苦しむ。だがそこから彼はこの独自のスタイルを築きあげた。それはシュルレアリスムの影響化にありながらも、プロレタリア絵画の文脈をインディヘナへと置き換えたエモーショナルな作品群となっているように感じている。

 ※ネットで検索してみたが、日本語ではエクアドル旅行者の日記くらいしかほとんど出て来ない(笑)日本語ではwikipediaすら見当たらず、英語版と彼本人が遺した財団のホームページを参照したが、やはり大したことは載ってない。

 彼はここエクアドルの首都キトに、1919年、第一次大戦終戦の年に、先住民の父とメスティソの母を両親として生まれているが、肌の色は白いと言っていいだろう。もっとも家庭は当然のように貧しかったようで、(父親が)タクシー運転手などの労働で食い繋いでいたという。その後、彼はエクアドルを代表する画家にまでなったサクセス・ストーリーの持ち主で、晩年は相当な資産家(富豪)となって、自身で、自身の作品や蒐集した古代エクアドル文明の発掘品を合わせて展示する美術館を立ち上げ、死の直前には、自身のアトリエを巨大なモニュメント礼拝堂(博物館)として建設させている。また社会主義思想の持ち主として、Cubaのフィデル・カストロの知己を得て、彼の肖像画を描いたり、毛沢東とも写真に収まっているなど、ラテンアメリカを代表する知識人の一人ともなったようだ。だが日本での知名度はほとんどないと言っていいのじゃなかろうか?もっと知られていい画家のひとりだと思える。

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 ・・・と書いておいてなんだが(笑)、正直に言うと、どういう訳か、わたし的には作品によって感銘度がマチマチで、少し評価に戸惑いを覚えている。或る作品はショッキングなまでにズシンと胸を打つのに、ほぼ同じような他の作品はまるでイラストのように薄っぺらく見えてしまうのだ。独自のスタイルを築き上げると共に、そのスタイルに捕らわれてしまったのではないかとも思える節がある。

 で、Museo Guayasamin グアヤサミン美術館に併設されている図書館でビデオを見せて貰えたのだが、そこに映し出された彼の作業風景をみてハッとした。。。そう本来は芸術家に対して"作業風景"などという言葉は使わないものだ。"創作風景"とでも言うべきだ。だがビデオの中の晩年の彼はわたしが苦手なピカソの"それ"とそっくりで、会話をしながら、撫でるように滑らかに素早く作品を仕上げてゆく。それは、造作なく、手馴れた手法で、イラストを描くかのように見えた。そしてcapillaの制作風景では、自身の下書きを元に弟子らしき人物が壁画を描いている現場が映し出されていた。。。
 観る者を激しく揺さぶる素晴らしい作品もたくさんある。だが"表現の手法"が"表現の中身"を上回ってしまった瞬間があったのではないかと疑いたくなってしまう。ハッキリ言えば、ピカソは芸術を商業主義に売り渡した大罪人だが、作品によってはそれと同じ匂いがするということだ。同じくスタイリストであるフランシス・ベーコンの作品なども同じような傾向がある。(※もちろん、ピカソだって作品による訳だが。)
 勿論、これはあらゆる分野のアーチストたちを蝕む社会の毒牙だ。商業イズムはスタイルを欲するが、スタイルはいわゆるひとつのシステムに過ぎず、システマチックに齎された(生産された)それらは決して芸術ではない。"美"は("醜"も)それだけでは芸術ではない。現代社会はイラストやデザインなどのすべてを芸術arteだというけれど、"創造"は決してシステマチックに生産されるものではない。無論、あらゆる芸術家たちがそれぞれ独自のスタイルを持っている。けれど、喩え逃れようとしても其処へ回帰せずにはいない本質的な必然性に基づく"それ"と、ひとつのアイデアとして生み出されたスタイル(或いは、利用されるスタイル)は全く別のモノだということだ。

 わたしがどれに感銘を受け、どれに疑念を抱いたかはご想像と各自の判断にお任せするとしよう(笑)


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グアヤサミン礼拝堂 [Ecuador日記]

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◆La capilla del hombre ...  (人間の礼拝堂)

 彼の私邸の前景に、彼自身の手で建築された"礼拝堂"。
世俗的信仰に捉われず、独自の、或いはインディヘナとしての生命循環論(輪廻とはまた別のようでもある)を奉じた彼は、私邸の一角にある松の樹の根元に、墓碑銘もなく眠っている。墓碑代わりには、いくつかの鉢植えと、枝々からぶらさがるモール、そして"生命の樹"と題された立て札があるばかりだ。その墓樹から見下ろすと、石造りの壁で覆われた巨大な礼拝堂があり、建物のてっぺんには、火山を模したと思われる光の吸収口が取り付けられている。大型の作品群が中に展示されているが、美術館ではなく、礼拝堂という主旨の通り、館内の照明は作品を眺めるにはやや不適な部分もある。そして中心部には彼の言葉と共に、永遠の焔が灯され、ゆらめいている、"わたしがいつでも戻れるように灯を絶やすことのないように"と。。。だからここはやはり美術館ではなく、礼拝堂なのだ。天蓋のドームには光を求める人々の群像が描かれ、その中心が空へと続いている。ここには十字架の表彰はない。(館の表には、遺跡遺物の古代十字架が建てられているが、それは同様に、傍に建てられているコパン遺跡からの石柱やなんかと同じで、彼の趣味的遺跡蒐集物に過ぎない。)この礼拝堂の名前にhombre(狭義には"男性"だが、広い意味で"人間")と付けられているのは、それが"神"のモノではないという意味に解すべきだ。
 capillaに入ると、ほぼ強制的にビデオを見せられるが、それはドキュメンタリーではなく、編集されたイメージビデオと言ってよく、大して観る価値があるものではないのが残念だ。

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----------■観光情報■---------------

 おなじみ"地球の歩き方"にはMuseo Guayasaminの情報しか載っていないが、La capilla del hombreも、すぐ近くなので一緒に廻るべきだろう。但し、困ったことにそれぞれの休館日がズレている。美術館は月曜~金曜日(昼休憩あり)、礼拝堂は火曜日~日曜日(昼休憩なし)なので、両方を一度に廻るには、火曜日~金曜日の4日間しかない(そんな訳で、月曜日に美術館を訪れたわたしは、火曜日に再び、坂道を登りました。笑)。
 また"歩き方"の情報に誤りがあるように思う。タクシーでゆくことを勧める記述があるが、そんな必要はない(勿論、好き好きだが)。おまけに帰りのタクシーがないから待たせておくようになんて書いてあるが、美術館は時間を気にして訪れるような場所ではないし、2つの美術館を廻るのにその間、タクシーを待たせておくなんて考えにくい。エコビアバスのBellavista駅からただ真っ直ぐに東へ坂道を登ればいいだけで、坂道は確かにキツイが距離的には大した距離ではない。また掲載されている地図の範囲外ということで、矢印(→2km)という表示があるが、見当違いの迂回路の方向を示しているから注意が必要だ。

 ◆行き方・・・エコビアバスのBellavista駅からただ真っ直ぐに東へ(路線に直角)坂道を登る。突き当たりの階段を登り、道路を横断してさらに真っ直ぐに階段を登る。さらに道路に突き当ったら、右側にまっすぐ登ってゆくと2ブロックで美術館がある。美術館を出て、角を右手にさらに登ってゆけば、4ブロックほどでcapillaに着く。ちなみに美術館と礼拝堂の間にはバス停もある。本数は少なそうだが、一応バスもちゃんと見かけたから、街へ降りるのだけは間違いない。下りは必要ないな(笑)。坂道はキツイが本当に距離は大したことない。帰りなんて楽チンだ♪

 アレコレ書いたが、もしEcuadorまで来たら、この知られざるイベロアメリカの芸術家のもとをぜひ、足を伸ばして訪れてみる価値は十分にあるはずだ。

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グアヤサミン Guayasamin 作品集追加。 [Ecuador日記]

La capilla del hombre "(人間に捧ぐ)礼拝堂"に飾られた彼の思想信条の一端を示すと思われる一文を紹介しよう。

"靴がないとわたしは泣いていた、足のない子供に出逢うまでは。"

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エクアドル8日め(脱日本1300日め)・・・15.Diciembre de 2010 (Miercoles) [Ecuador日記]


 そんな訳で、あまり積極的に仕事に取り組んでいる訳でもないのだけれど、何件かいい感触のレストランがある。2軒は来年1月の第二週に・・・と言う例の如く怪しげな話(笑)事情はちゃんとあるのだが・・・、さて、期待せずに他を捜そう♪わはは。。。で、1件は来週火曜日に打ち合わせ。値段もすべて伝えたし、写真も気に入ってくれて、Menuデザインもイメージを伝えてくれたので、まぁ、これは確実なのでは??と。わはは。
 で!?どうするって??(笑)Taniaからメールが来たが、相変わらず怪しい展開になっている模様。"そっちでいい話があったら、仕事を決めた方がいいわよ"という感じ。言われるまでもなく、出来れば戻らずにこちらで仕事をこなしたい。で、どの道Colombiaもアテにならないなら、そっちはサッパリ切り捨てて、ここで稼ぐことを考えようと思う。例のオープンしたばかりの日本料理レストランは明日再度、話をすることになっているので、とりあえず来年1月以降の見込みをハッキリさせて、ともかく週2日でも始めてみようかと思う。問題は日当でいくら支払ってくれるかだ。それがせめて宿泊費程度の金額になるならギリギリ1月まで生きてゆくことも可能だろう(笑)広告の仕事で稼げればいいのだが、こちらも問題があって、もう3日間ほど営業に廻っているが、思ったより遥かにレストランの数が少ない。。。それに首都の繁華街だというのに、客足は驚くほど鈍い。。。ステキな高級レストランがいくつかあって、料理のレベルもそれなりに高そうだが、やはり高級レストランで食事のできる人口があまりにも少なすぎるのだ。。。ごく一般の食堂が驚くほど安い分、高級レストランの敷居はとても高い。ごく一握りの富裕層と一流ホテルに宿泊するような外国人観光客だけが頼りの現状だ。安宿に止まっている外国人観光客たちはバーへは毎日のように出掛けるが、ちゃんとしたレストランで食事をするのは、やはり僅かだ。ハンバーガーを食べて、Barへ出掛けるというパターンがほとんどだ。
 で、新市街にはたくさんのオフィスもあるのだが、なんとオフィス街のレストランは大半が夕方で閉まってしまう!! 信じがたいが、ワインバー&レストランまで6時閉店だったりする!! オフィスで働いているとは言え、富裕層にはほど遠い中級サラリーマンたちは夜は繁華街のレストランなどで食事をしたりせず、自宅で家族と食事を取るのだろう。ランチだけを商売にしているオフィス街のレストランは当然、固定客がほとんどで、新規開店でもない限り、広告需要はなさそうなのだ。。。
 首都Quitoのレストランの数をすべて合わせても、MedellinのEl Pobladoという高級住宅地にあるレストランの数に及ばないのではないだろうか??それくらいシケテる(笑)。とにかくこの国は富裕層が極端に少ないということが見えてきた。Nicaragua並みじゃないのかと思えてくる。勿論、中間層がゼロに近いNicaraguaと違って、この国には比率はまだ分からないけれど、オフィス街で働くそれなりに大勢の人々がいる。Colombiaのようにサラリーが最低賃金並みに抑えられている可能性はあるが、例えば同じ月$250なら、この国の方が少しはマシな暮らしが出来そうだ。

 ・・・そんなこんなで、ここEcuadorにしばらく腰を落ち着けることにします。Colombiaで帰りを待っていると仰って戴いたお客様・友人の方々には大変申し訳ないのだけれど、あちらの状況がまったくアテにならない以上、ここで本腰を入れて仕事に取り組むしか道はない。いっそPeruへと思わないこともないけれど、そんなことしたら、Peruに着いた途端に野宿ですから。わはははははははは
 3ヶ月以上ここに滞在するなら(半年は滞在しないと移動資金は貯まらないので)パスポートの滞在期間切り替えにColombiaへ戻ることになるだろうけれど、国境まで5時間だから、国境の町で三晩過ごすか、出掛けてもCaliまで(18時間!!)しか足を伸ばせないだろうと思う。レストランで働くとなると休暇を取らなければならないので、正味3日間(か、4日間)で戻るにはとてもじゃないが片道30時間掛けてMedellinまで帰るのは不可能だ。(※かおりさん、申し訳ありません。)
 Nicaraguaで、知り合ったGlendaの友達のコロンビア人Patyが現在帰国しているらしい。残念だが彼女ともすれ違いに終わってしまった。。。

  で、今日は食べ物の話(笑)
何度か書いたようにわたし個人的には(アレッパ・パン類を除く)Colombiaの料理は本当にまったく口に合わなかったのだが、ここEcuadorはまだずっとマシな気がする。素朴な何の変哲もない味というべきなのかも知れないが、Colombiaのようにポッテリ、ドロっとしていないので食べやすい。変な味つけより塩コショウの方がマシというやつだ。わはは。
今日は午前中に市場mercadoへ出かけてみる。食材チェックだ♪嬉しいことにColombiaより食材はずっと豊富だ。そら豆やさつま芋(日本のようには甘くないけれど)、里芋系、レモングラスまで普通の市場にあった。それに大きな中国人コミュニティもあるし、韓国人、大勢のインド人やアラブ人たちもいるので、そっち系の食材にも事欠かない様子。早速、豆板醤と芝麻醤を見つけだしました♪なんとEcuadorの人は辛いものが食べれる!!市場には何種類もの唐辛子が並んでいました♪バンザーイ♪いぇーぃ♪唐辛子、唐辛子♪わはは
 やはり食材が豊富だと自然と笑顔になってしまう。Colombiaは今まで訪れた中米の中で、もっとも食材の乏しい国だった。勿論、首都に行けば事情は多少違ったろうけれど、外国人コミュニティが発達していない以上、多くは望めない。美しいColombia女性たちはここにはいないけれど、別にいいさ♪わははははははははははははははは

 で、ここEcuadorにも市民のおやつというか、オリジナルな屋台おつまみが何種類もあって、今はそれらを食べ歩くのが楽しい♪
今回、ご紹介するのは、humitaというトウモロコシの粉をバナナの葉で包んで蒸したモノ。というと中南米を知る人にはなんだタマレスじゃないか?と言われそうだが、tamalesというのが、トウモロコシの粉を練って団子にしたものを蒸してある(ダンプリング)のに比して、ここのhumitaは"蒸しパン"になっている。腹の足しにはならないが、フワッとしていてお替りしたくなる。もうひとつはbolonという芋を潰したやつの中にチーズやチチャロン(豚皮の揚げ物)を包んだもので、Colombiaにもほぼ同じようなものがある。だがこれはイタダケない。もさっとしていて食べきれない(いや、食べたけど。笑)

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 そして!! 
なんとこの国には蟹がある!! しかも安い♪
蟹と言っても、マングローブ蟹なのだが、小さいとは言え、一杯$2くらいで食べれる。味・サイズとも日本の勢子蟹に似てなくもない。きっとポン酢つけて食べたら旨いはず♪試しに1杯だけ注文してみたのだが、8杯盛りでも安いものだ。標高2800mの山の中とは言え、海から6-7時間ということで、海から倍の12時間以上掛かるBogotaやMedellinと違って、魚介類もそれなりにあるし、ずっと安い。(なんと言ってもここは首都だし、海からの交通の便も発達しているところが、分断されたColombiaの国内事情とは少し違う)肉の値段はほぼ同じだけれど、魚介類はずっと安い。

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 さて・・・、勿論、問題もある。
ひとつは前にも書いたようにコンタクトがもうなくなるということ。なんとかお金貯めて買わなきゃです。。。
ふたつめは、2年以上前にNicaraguaで三脚ごと倒れて以来、騙し騙し使ってきた広角レンズ。。。ついにオートフォーカスが動かなくなった。。。だが現在のメガネはとてもゆるい視力になっていて、マニュアルでピントを合わせるのはまったく不可能。コンタクトならなんとかなるが、上に書いたようにその在庫がなくなってしまうと、もうどうしましょ??って感じ(笑)わははははは(汗っ)
そんな訳で、どうしてもここで早急に稼いで少しでもコンタクトを買わないと仕事できませんのですよ。がはははははははは
みっつめは、多分、そのうち風邪ひきます。。。寒い。。。赤道直下とはいえ、南半球というべきここでは、雨季になったので、曇り空と雨が続くとホントに寒い。。。かと言って、一般世帯には暖房設備なんてないっ!!絶対風邪ひく。。。もう鼻詰まりかけ。。。
こうやってPC打ってる間もダウンジャケット着てます。。。暑がりやのに。。。もう一着くらい部屋着になりそうなやつ買わなアカンわ。。。
ハイ、頑張りまっす。。。わはははははははははははは


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