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教訓!! Ecuador国境物語 [Peru日記]

エクアドル180日め(脱日本1472日め)・・6.Junio de 2011 (Lunes)の出来事。


ペルー1日め(脱日本1473日め)・・7.Junio de 2011 (Martes)

 つい先ほど、無事にPeruのCajamarcaという田舎町に着きました。。。あはは(汗っ)
5日の午後10時Quito発のバスに乗って3昼夜!! ほぼ48時間の旅。。。
しかもとんでもないハプニング??つき(笑) わははははははははははははははははははは
ご心配なく、なんとか無事くり抜けて??ここに到着しました♪
3日間の車中泊ということで当然、3日間シャワーも浴びれず。。。まともな食事は1日1回(笑)あとはクラッカーみたいなもんとアイスクリーム??わはは

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 さて、何から書けばいいか分かりません(笑)
ちょっとした短編小説くらい書けるかも知れません(笑)
まずは出発日に腰をゆわしてしまったことから始まりました。。。荷物を担ぐどころか、立ち上がることさえ苦痛で移動の中断すら頭を掠めたほどの激痛。。。だがそんなことはおいといて、やはりいつもの国境騒動。今回は前回の続編としてのスペシャル特番♪(笑)
小説風に書き足せばこんな感じか・・・


 くそっ、なんてこった!?なんとなく嫌な予感がしていたんだ。だから寧ろ、その悪い予感を打ち消すように自分自身に大丈夫だと言い聞かせてイミグレーション(入出国管理事務所)の列の最初の方へと先を急いだんだ。話は3ヶ月前に遡る。ちょうど今と同じように俺はここHuaquillasのイミグレーションで立ち往生していた。違いと言えば、前回はEcuador側へ再入国しょうとしていたが、今回はPeruへ出国しようとしているってことだけだ。もう夜中の0時45を回っている。そうたった45分なのだ。はっきり覚えちゃいないが、われわれの国際バスが国境に到着したのは12時前だったはずだ。そもそもなんで45分なんだ!?45分なんて問題じゃない。問題は係官が再入国スタンプ通りの3月9日から90日間のツーリストVISA発行を入力せずに、どういう訳か最初の入国日12月7日から数えて90日後、すなわち3月7日からという日付でツーリストVISAを"90日間延長"しやがったからだ。いや、そもそもの問題は俺がCarlosの野郎に騙されたってことだ。或いは彼らのチームで何らかの手続きミスがあったか、だ。やつらにしたって、ここで俺が騒げば自分たちの身に火の粉が降りかかってくることくらい分かっているはずだからだ。そう、だからすべては3月7日に遡る出来事ということになる・・・

 そんな訳で、こんな風に書き続けると本当に1冊の小説が出来上がってしまうので、割愛(笑)。
ついでに前回国境物語3話のうち、UPしていなかった第3日めのblogをUPしましたので、先にお読みください♪
悪夢の国境物語。。。第一日め http://antaios-latino.blog.so-net.ne.jp/2011-03-14
悪夢の国境物語。。。第二日め http://antaios-latino.blog.so-net.ne.jp/2011-03-14-1
悪夢の国境物語。。。第三日め http://antaios-latino.blog.so-net.ne.jp/2011-03-14-2

 さて、もう一度(笑)。。。
Guayaquil発、午後7時50分のPiura(Peru)ゆき国際バスは、夜中12時頃にEcuador側の国境の町Huaquillasに到着した。なんとなく嫌な予感がし始めたわたしはいつもより急いでバスを降り、出国窓口の3番目に並んだ。。。そう、確かに嫌な予感というか、予想した通りのことが起きた訳だ(笑)。わたしの番が来て、係官がひと通りパソコンを操作したあと"入国記録がないんだけど?"と言う。あらかじめ予想していたので、もうその瞬間に何が起きたかはピンと来たが、素知らぬふりをして貫くしかない。"なにが??スタンプあるでしょ??"先方だってすべての事情はお見通しなはずだが、お互いに"ソレ"を認めることはできない。ソレとは不正行為=収賄のことだ。
 "いや、スタンプはあるけど、外務省のパソコンの方には入国記録もツーリストVISA90日発行の記録もないんだけど・・・"とわたしにPC画面を見せて言う。わたしも負けちゃいられない(笑)"そんなこと言われたって、わたしはココでスタンプを押してもらったんですよ?もし仮にパソコンの記録に不備があったって、それはわたしのミスじゃないっ!そちらの問題では??"
 そう、国境の男Carlosとイミグレーションの男、そして外務省の内通者の3者は、わたしのパスポートに入国スタンプを押すと同時に、外務省のデータを弄らなければならなかったはずだ。だがそれが弄られていないということだ。彼らがわたしを騙したことも考えられるが、そんなことをしてわたしが捕まったり、騒ぎ立てたりしたら、彼ら自身のヘタをすれば首が飛ぶハメになるはずだ。それにCarlosはその後もわたしに"誰か再入国が必要な日本人を紹介してくれ"と電話をしてきたほどだから騙す意志があったとは考えにくい。だがそんなことはこの際どうだっていい。この期に及んでそんなことを言ってみても始まらない。ともかくは潜りぬけることだ。そうしないと、ここ国境の町でこんな夜中にバスを下ろされ、ホテルに宿泊した挙句、明日オーバーステイ3か月分の罰金(確実に$200以上はするし、下手すると$500くらいしたっておかしくはない)を支払って、明日もう一度、国際バスに乗り込まねばならないというハメになる。そんなことはどうしても避けたかった。だからわたしも食い下がる。だがすべての事情を察している係員はわたしに列の最後に並ぶように指示しやがった。みんなが居なくなってから相談しようという腹だ。すなわち、さらに幾らか支払えということだ。。。
 
 さて、いよいよ最後の奴が手続きを終えて、再びわたしの番になった。一通り、先程の会話を繰り返したあと、"どうにもできないからわたしに明日、ここへ来て、罰金の納付書を受け取って、銀行で支払ってから、再びここへ来い"と言う。バカ野朗!!。。。わたしも腹をくくって、彼に直接$50を見せて手渡そうとしてみた。彼はそれをみると目の色を変えて"分かった、なんとかするから、そのお金をしまえ"と言う。どうやら監視カメラを気にしているようだ。もうひとりの相棒とごちゃごちゃ相談し始める。。。そのうちバスからめっちゃベッピンさんのガイドと運転手までやってきて、わたしと係員に事情を訊く。簡単に説明したあと、係員の連中が"今やってるからちょっと待ってくれ"と言うので待つしかない。10分、20分。。。もうみんなバスに乗り込んでただわたし一人の手続きが終わるのを待っている。だがいつまでもこうしている訳にもいかない。。。ベッピンさんのガイドさんが、係員にウインクに投げキッスをして、事務所の外へ呼び出す(笑)。当然、ある程度は顔見知りの係員はもうメロメロだが、さりとて手続きは進まない。。。さらに10分ほどして、ようやくデータを修正したと思ったら、今度は新たな問題発生だ。なんとパスポートには3月9日から90日、すなわち6月7日までの滞在期間が許可された形になっているのに、連中が$50欲しさにやってのけたデータ修正は3月8日の滞在期限を90日間延長した結果に。すなわち6月6日までになってしまった。我々が到着したのは6月6日の午後12時前だと思われるが、そんなことでモタついている間に、時計の針は0時45分を指している。つまり45分間のオーバーステイという結果になってしまった。。。バカげてる!!こうなるとバス会社の連中だって黙っちゃいない。"それくらいなんとかしてくれ。我々は12時前に着いていたはずだ。"ということになる。だが係員はこれ以上どうしようもないと言う。押し問答だ。わたしはお金を押しつけようとするが、やはり監視カメラを気にしている。ガイドのオネーチャンの色気作戦はエスカレートしてゆく(笑)。。。
 その時、また訳の分からないオッサン登場。。。Carlosと同じようなブローカーだ。そしてオッサンを通してもう一度、闇取引が始まる。。。$100を支払ってやるとわたしが言ったところで金額的には彼らからOKが出る。だがわたしを呼んで、"もう絶対にEcuadorに最低1年間は戻らないと証明しろ"とひつこく言う。"おまえがEcuadorに戻ってきたら、俺の首が飛ぶ。だから絶対に帰ってこないという保証が欲しい"と言う。わたしはもう戻らないけれど、そんなもの証明も保証もしようがない(笑)とにかく"絶対に戻らない。こんなゴタゴタはうんざりだ。わたしを信用しろ"と言うしかない。。。
 さて次なる問題はどうしてもわたしのパスポートのコピーが2枚いるという。そんなものどうでもいいじゃないかと言うのだが、彼らの作業上、どうしても必要だがコピー機はないし、こんな何にもない国境でこんな時間にはどうしようもない。。。もうバスの客を待たせるのも限界だ。
なんと入出国管理事務所のふたりは我々のやりとりの為に、PCがダウンして午後3時まで直らないと、他のバスなどの通行者を追い返してしまう(いや、本当に申し訳ございません。汗っ)
 結局、ブローカーのオッサンがPeru側の町へ知り合いを頼って、コピーを取りに行くことになる。だがさらにバス会社としてはこれ以上待てないというので、ともかく手荷物だけ下ろして、バスは先にPeru側の入国管理事務所へ向かって、そこでわたしを待つということに。。。わたしのパスポートを持ってオッサンはタクシーでPeruへ。バスはわたしを置いてPeru側のイミグレーションへ。。。
 
 20分ほどして、ようやくオッサンがコピーを持って帰ってきた。機械による印字ではなく、臨時発行用の出国ゴム印の押されたパスポートを持って、オッサンの乗ってきたタクシーでわたしもPeru側の入国管理事務所へ急ぐ。。。途中、当然オッサンに手数料を支払わなければならない。タクシー代$10とオッサンの手数料$20。トータル$130の余計な出費で無事にEcuador~Peru国境を通過。。。

 ああ、疲れた。。。しんど。。。あほらし。。。いったいナンボお金をドブへ捨てた計算になるものかっ!?
 正規の手続きには帰国用の航空券のコピーと預金残高証明書が必要だが、そんなものなんとかできない訳ではなかった。但し、ホテルからの返事が滞在期限最終日の午後だったので、もうそれすら出来ない状況に追い込まれてしまっていたのだけれど。。。
 そうすればたったの$230ですべてはちゃんと済んだはずだった。その所為でPeruへの出国を余儀なくされ、ブローカーに$270支払い、今回また$130を支払って、トータル$600くらいを費やしたことになる。バカげてる。。。みなさんは絶対こんなバカげた真似はしないように。各国でバックパッカーの間では、こういう話がたくさんある。だが少なくともEcuadorではこういう手は通用しない。(或いは通用しない可能性が高い)だから正規の手続きをすべきだ。ツーリストVISAの他にも、商用VISAというのもある。ふたつとも費用は$230ほどだ。必要書類は出国用航空券のコピーと銀行残高証明書だが、航空券はキャンセルすることも不可能ではないし、銀行残高証明書は本当に形式だけなのでなんとでもなる(なんとかしてください。方法はあります。笑)。
 ふぃ~っ。。。バスの客をさんざん待たせて、他の通行者の邪魔をして・・・ホントに申し訳ありません。。。タジタジ。。。
そんな訳で、なんとかEcuador脱出成功。。。ああ、お恥ずかしい。。。

 さて、これが今回の脱出行の二日目の夜の出来事。。。それでは脱出当日の話に戻ります。わははははははははははははははははは


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ペルー2日め(脱日本1474日め)・・8.Junio de 2011 (Miercoles) [Peru日記]

ようやく時系列に戻ります(笑)

 そんな訳で、なんとかEcuador~Peruの国境を通り抜けて、Piuraという町へ辿り着いたのが翌7日の朝7時前。。。そこからセントロまでタクシーで出て、バス会社に。。。ありがたいことに朝8時半にCajamarcaゆきの直行バスがある♪
だがPiuraゆきに乗る人に観光客は一切見当たらない。。。えっ!?どういうこと??(笑)
まぁ、ともかくも朝飯を放り込んでバスに乗る。ここから9時間の行程らしい。ということは到着は夕方6時頃。。。

そんなこんなで、なんとか無事に7日午後6時頃、PeruのCajamarcaという田舎町に到着。5日の午後10時Quito発のバスに乗ってほぼ44時間の道程。もうご存知のように、とんでもないハプニング??つきでした(笑)
3日間の車中泊ということで当然、3日間シャワーも浴びれずということで、ホテルに着いて、すぐにシャワーを浴びて、食事に出掛ける。。。
しかし・・およそまともなレストランは数軒くらいしかなさそう。。。町自体はとても活気があるが、ツーリストの数は僅かにしれたもの。。。
う~む。。。早速、町を散策して、旅行代理店などで情報集め。。。しかし、難しそうだな。。。
と、1軒の旅行代理店で日本人女性に遭遇! しかし、どこでも日本の女性は根を張っているねぇ(笑)
やはりここの観光客はしれたものだと言う(日本人など皆無に近いと言う)。確かにアクセスが悪すぎて外国人観光客には不便すぎるし、自家用車でも4連休くらいないと無理なのでPeru国内の観光客といっても限られてくるだろう。誰だ!?観光客が多いなんて情報載せた奴は!?(これだからアテにならない。。。)だがこんな辺鄙な田舎町では広告カメラマンやデザイナーなんているはずもないのが普通。ちょっっとした仕事ならなくはないかもだ。だがこういうシチュエーションで大切なのはタイミング。撮影まで1週間も2週間も待たされたりしたら元も子もない。。。微妙だな。。。

------------ここからが8日の出来事------------------

 そんな訳でCajamarca。。。さて、どないしょ??(笑)
朝から早速営業開始。。。まぁ、大した件数はないが、予想した通り広告カメラマンなんていない??ので、感触のいい店は何軒かある。だがいつも通りここからが大変。本契約に至るのはいつも20-30%程度だし、いったいどれだけ待たされるかによって、滞在費を差し引くと赤字なんてことすらあり得る。

で、夕方からcumbe mayoという異様をみせる奇岩を見によくことにする。普通はみんなツアーでゆくのだが、ツアーだと朝9時出発の昼までというコースしかないし、ツアーに同行して撮影するのは結構キツイ。。。それにせめて夕日の中に映える山並みを撮影してみたいと考えたりした訳だ。。。だもんで、決して誰もゆかない単独行動で訪れてみることに、だがバスなんてない。。。町からは山道を20km離れていて、とても歩ける距離でもない。あれこれ尋ね歩くと、山村の村人たち用の送迎ミニバンが近くの道を通るという。そんな訳で、先住民のみなさんのミニバンに同乗させてもらうことに♪(ほらっ、Mexicoでも何度かトラックの荷台に乗ってるからさ♪)
だが、ものすごい悪路に、物凄い運転(笑)途中、何回も天井に頭をぶつける。ただでさえ、外国人なんて乗ることのないミニバンなので、みんなの注目の的だったから、わたしが頭をぶつける度に車内は爆笑の渦(笑)。。。痛いんですけど??わはは
酔っ払いの爺さんにやや絡まれたりしながらも、子供たちと仲良くなる。自宅に招待してくれるとも言われたが、今回は時間がないので泣く泣く断念。。。
 で、1人、Cumbeで下ろされる。。。20kmで2sol(約70円)

で、cumbe mayoは何処だ??と辺りを見回して、自分の考えが甘かったことを知る。。。わはははははははは
観光写真のイメージで、なんとなくcumbe mayoという奇岩の山を見下ろすのだろうなんて思い描いていたのだが、ふと見るとcumbe mayoは道から遥か彼方の山の頂上にある。。。ということはそこまで山を登っていかなきゃならんのか!?うそん!?

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※遠く山の上に見えるのがcumbe mayo。。。

道はあるようだが、先は見えないぞ。。。わはははははははははははははははは

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 だがここまで来たものは仕方ない。どうせ帰りの車はヒッチハイクするしかないと承知の上だし♪
覚悟を決めて、テクテクと歩き始める。。。見渡す限り周囲には誰ひとり存在しない。。。
しばらくしてcumbe mayoが近くに見え始めた頃、突然、馬のヒズメの音がっ! ふと振り向くと、馬に乗った爺さんがいつの間にか近づいてきてた。カッコいい♪ステキ♪(笑)不思議そうに眺める爺さんに挨拶をして、ひょっとして乗せてくれたりはしないものか?と思ったりしたが、爺さんはにこやかに去っていった。。。うん、人生は甘くない(笑)
 馬に跨った爺さんはあっと言う間に視界から消え去ってゆく。。。やっぱカッコいいなぁ。

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 で、再び、歩きは始めるわたし。。。だが、どうも思ったほど遠くもない。一旦、下って山を登るのかと思ったら、そうでもなく、道が山の中腹へと繋がっている♪ラッキー♪
 ・・・だが残念なことに、午後5時だというのに、もうcumbe mayoは山の陰に入っていて、夕日どころか、コントラストもない。。。しまったっ!?。。。あ~ぁ。。。わはは

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 だがともかくcumbe mayoへ。実はこれまで4年間の旅でも特に印象的だった風景のひとつがOaxaca, Mexicoのhierbe el aguaという鍾乳石の奇岩。そんな感じの風景を期待していたのだが、ちょっとスケールが小さいかな。。。かなり小さいな。。。わはは
 だがせっかくここまで来たまだから岩肌をよじ登り、あちこち撮影。。。という間に、夕日が山の彼方へ沈んでゆく。。。もちろん、周囲に明かりなんて一切ないから、完全に暗くなる前に、とりあえず山を降りて、道まで出なければならない。
(※あっ、言っておきますが、決して無謀で危ないことをしてる訳ではありません。そんな大層な山ではないんです。途中までは道もしっかりしてますしね。笑)

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 で、そこそこに撮影を切り上げて道へ戻る。。。
見渡す限りの道には車の一台も通っていない(笑)まぁ、30分か1時間に一台くらいは通るだろうという話。
じっと待っていても寒いだけだし、のんびりと歩き始める。。。時折り、民家がポツンと1軒現れたれするが、どういう訳か灯りひとつ漏れて来ない。。。街灯なんてある訳もないけれど、満天の星明りがあるので決して真っ暗になったりはしない。
GuatemalaのSan Pedroなんかでも見たが、日本では想像できないくらい空びっしりに星が瞬いている。
トボトボと30分くらい歩いたところで、車のライトが見える。
手をあげて乗せて貰う。向こうも当たり前のように席を空けてくれる。こういう地域では誰でも乗せてもらえるものだ。
車の中でも少し会話をした程度、基本無言でどこまでとも言わずに、ただ乗ってるだけ(笑)。
Cajamarcaの町まで来てやっと"で!?どこまでゆく??"と訊かれる。そのままそこで下ろしてもらう。
彼らは乗り合いタクシーみたいなもんで、先住民の人たちは行きしなと同じように2solずつ支払っていたが、わたしが手渡そうとすると"いいよ。いらない。"と言われてしまう。なんで??(笑)お礼を言って、お別れしました。
何処の国でも、先住民の人たちは一般的には愛想がないけれど、一旦知り合ってしまえばホントに優しくて彼らなりに出来る限りの面倒をみてくれる。厳密にはちょっと違うけれど、人見知りみたいなもんだ(笑)。彼らにとって、我々は余所者でしかないのだから仕方ないだろう。

そんなこんなでホテルに戻ったら、もう夜9時前。。。意外にもたくさんある中華屋で飯食ってシャワー浴びてご就寝・・・しようと思ったが、帰り道に坂の上で見つけたレストランへ営業に出掛けてみることに♪
で、1件受注♪もっとも半額くらいまで値切られたけれど、最初の仕事だからまぁ、いいとしよう♪ないよりマシだ。金曜日の撮影です。わはは
で、さらに隣のバーラウンジなんて信じがたい看板の(笑)店にも営業をかけてみる。ここはマネージャーと話をしただけだが、とても気に入ったし、ちょうど必要なので来週火曜日の朝9時にオーナーと直接話しをして欲しいと言われる。。。えっ!?火曜日??一応、約束したけれど、知りませんよ。もし他の仕事が全然なければ火曜日にはここにいないかも知れません。わははははははははははははは


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ペルー3日め(脱日本1475日め)・・9.Junio de 2011 (Jueves) [Peru日記]

 しっかし、どこでも面白い話だけはたくさんあるもんだ♪(笑)
いや、いつも話だけなのが残念だが、こんな山奥の辺境地でも仕事の話はいくつもある。
勿論、何度も言うようにいつも話だけで終わってしまうから何ごとも楽観はできない・・・というか、期待しちゃダメ。わははははは

1件はいきなりレストランのオープニングシェフの話♪わははははははははははははははは
なんじゃそれりゃ??
というのもたまたま小さなホテルの玄関に"シェフ募集"なんて張り紙があったので、好奇心で訪ねてみた。となんと、新しい場所にレストラン兼バーラウンジ兼カラオケという3つのスペースを合わせた店を現在すでに工事中だという。だのにシェフも何もアテがないらしい。わはは
で、いきなり工事現場へ連れていかれる。。。中心部から4ブロックほど離れているが、確かにデカい。。。2階建で、向かいの駐車場スペースもまもなく工事に入る。工事は半分くらい出来上がりつつあって、今月中に終わって、7月27日にオープンさせたいという。
彼の考えはPeruの郷土料理だが、フュージョン料理ができるならその方がいいと言う。彼はやる気だが、まだ肝心のサラリーの話も、VISAの話も何も出来ていない(忙しくて途中で打ち切らざるを得なかった)。まだまだあやふやな話だが、面白い話ではある。

2件めは、てっきりレストランだと思って訪れたクッキングスクール(笑)
まだ若いふたりがこの地域の若者たちを集めて料理教室をやっていて、近々レストランもオープンする予定だという。彼らはわたしに興味津々で、とりあえず特別教室をやってくれないかと言われている。週2日で生徒数によりけりだが、多少は稼げる様子。それにもう場所は買ってあるというレストランの工事も始まるので、一緒に働かないかという申し出。これもまた面白い話だが、こっちはシェフ3名とかになってしまうのでややこしいし、どれだけ稼げるかは闇の中。固定給というよりは、出来高払いといった感じだ。早速、明日の晩にここにある寿司レストラン(そんなの知らないぞ??)へ一緒に出掛けて偵察しようと言われている(だが、先の仕事と重なっているのを忘れていた。明日もう一度変更してもらいにゆかなきゃだ。汗っ)


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Photo Blog ... Ciudad de Cajamarca その1. [Peru日記]

Cajamarcaの町。。。

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※周囲を囲む山々とほぼ同じ高さに町がある。だから雲がある日は手が届きそうなくらい雲が低い。

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※町の象徴でもあるSan Aporoniaの丘と手前の教会。

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※歩いてしか上れない(車の通行できない)庭つきの階段があちこちにある。。。

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子供たちの行進 [Peru日記]

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 朝、cumbe mayoへ出掛ける直前、中央公園(この国ではどの町でもplaza armaという名前を持っている)に突然、子供たちのパレードが現れる。。。
楽隊に率いられたパレードは何かとお祭りかと思いきや、なんと"抗議と権利の行進"だった!!
子供たちが掲げているのは"児童労働反対"のプラカードだ。

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"勉強したい。働きたくない。"、"子供は勉強、大人は労働"、"子供たちに仕事をさせないで"といった内容の文字や絵が並ぶ。
勿論、"やらされている感"は否めない。だが少なくともこういう行進を通じて、子供たちは自分に権利のあることを知ることができる。労働を押しつける親たちに対抗し得るかどうかは別にして、"子供には労働ではなく、学校へゆく権利がある"と抗弁することができる。
このパレードが他の地域でも行われたのかどうかは分からないけれど、このCajamarcaのすべての小学校が参加したこの行進はとても大切な意義あることだと思う。一部の大人たちが"子供たちに労働させるなっ!!"と叫ぶのではなく、子供たち自身が参加することで、この"やらされた行進"は意味あるものとなったことだろう。
 わたしは決して子供嫌いではないと何回か書いてきた。寧ろ、わたしは子供たちの味方でありたいとさえ思っている。正確に言えば、"子供たちの権利の味方"でありたいと願っている。ただ子供を愛し、可愛がったりするのではなく、"子供たちの権利"を大人たちに突きつけることのできる人間、子供の権利の擁護者でありたいと願っている。だが、それは間違っても現行の教職員や権限のないボランティアなどの活動では齎されない。そしてそれらはわたしの中では、パレスチナやアフガニスタン、イラクやリビア、ソマリアからコンゴ、チェチェンなど世界中に満ち溢れる愚行を呪うことへとそのまま一直線に繋がっている。

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大人たちが"やらせた"プラカードには、やはり言葉が足りない。。。学習の権利だけを取りあげるのはやはり何処かおかしい。。。

"子供には遊ぶ権利がある"
"子供にはお腹いっぱい食べる権利がある"
"子供には真実を知る権利がある"
"子供には意見を述べる権利がある"
"子供には暖かい寝床を得る権利がある"
"子供にはあらゆる種類の暴力から守られる権利がある"
"子供には個性を尊重される権利がある"
"子供には病院へゆく権利がある"
"子供には社会を変える権利がある"etc...

もし子供たちが自分自身で、さまざまな権利の中から、"一番の願い"をプラカードに書くことが出来たなら、この行進はもっと素晴らしいものになったことだろう。その時、それぞれの子供に何が足らないか、どんな問題を抱えているかがはっきりしてくるだろう。
5月5日の"子供の日"はこんな風に過ごされるべきなのかも知れない。子供たちに何かを与えるのではなく、子供たちに権利を学ばせる日として。。。或いは"子供の権利の日"として日本であれ、Peruであれ、すべての国で同時に子供たちは自身の権利と願いを掲げて行進と声を挙げるべきなのかも知れない。
子供に"風習"と称して、物乞いをさせるような親たち、子供を虐待してやまない親たち、子供を尊重するということを知らない親たち、子供を食い物にする商業ビジネス・・・それはお菓子業界からおもちゃ業界、TV業界まで果てしない大人世界の罪だ。
そして子供たちに"自由と権利"を教えない教師たち。。。子供たちを尊重することを知らない教師たち。。。
義務をまっさきに掲げて、権利をその下に置こうとするすべての企み(社会)にわたしは反対する。
わたし自身はごく一般的な経済的には恵まれた家庭で育てられた。だがわたしは如何なる権利をも教わることなく、権利が何であるかを知ることなく育った。わたしは、大人たちに自らの権利を踏みにじられて、怒り中で書物に縋って初めて"権利について"学んだのだ。
さらに"権利"を主張するには、"力"が必要だった。力を手に入れない限り、"自由と権利"を掲げて社会に対抗することは不可能に思えた。最初、力は"暴力(腕力)"と"常識(良識)の破壊"によって手に入れた。。。それが正しいとは言わない。だがそれ以外に方法が見つからなかった。。。
そうして"押し広げた空間の中で"、わたしはようやく息をすることができるようになり、それを守るために論理を組み立て始めた。。。"自由と権利について"の論理だ。。。
だがさらに"自由と権利"を我が物とするには46年間の歳月が必要だった。。。この最期の旅はそこから始まった。

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ペルー4日め(脱日本1476日め)・・10.Junio de 2011 (Viernes) [Peru日記]

 (前回の記事に)最初に一言付け加えておく。
"権利とは大人たちや社会が、勝手に与えたり、勝手に取り上げたりできるものではない"と。

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 さて、おとつい単独で訪れたcumbe mayo。ツアー会社の入り口に貼られている写真などを見ると、どうも感じが違う。で、ツアー会社で尋ねると、わたしが訪れたのはツアーでは行かないcumbe mayoの一部で、メインコースは別の方面だと言う!?道理で!!(笑)なるほどそういうことかっ!?どうもイメージと違うなと思った。わははははははははは
 そんな訳で、朝から行ってきました♪cumbe mayoメインコースツアー♪わははは

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※正面に見えるのが前回わたしが訪れたcumbe mayo。

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一昨日訪れた場所を彼方に眺めながらさらに迂回路を歩いてゆくと、ちょっとした崖の上に出た。"ああ、ここからの眺めがガイドブックの写真だったか!"と納得(笑)。そしてそこを下って奇岩の間を縫って歩くこと3時間。。。なるほどひとつひとつの規模はそれほど大きくはないが、全体としての規模はかなりの広範囲に渡っていて、あちこちにインカ時代に作られたという水路が張り巡らされている。山から町へと水を引くために整備された水路が今でも原型を留めている。そんなものが見れるとは思ってもみなかった(笑)。

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※奇岩の渓谷Cumbe Mayo。。。

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※インカ水道は現在でも機能している。

わたしが先に訪れた場所とは違って奇岩に直接上れるような機会はないが、スケールはこちらの方がデカイのでそれなりに見応えはある。
午前9時半出発で午後2時前に戻ってくるツアー。これはわたしがミニバンを下ろされた分岐点からずっと迂回してゆくので、ちょっと事前知識がないと難しいかも!?国立公園のようなものではないので入場料みたいなものは取られない。

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・・・ちょっとアレな話だが、cumbe mayoの中であちこちにインディヘナの女性たちが座っていて観光客に物乞いをしている(これほどの山間にしては、町中でも異様なほどたくさん見掛ける)。ガイドは小袋に入れたパンを1人のインディヘナ女性と子供たちにやっていた。。。
 で、思い切ってガイドに"なぜ彼女たちは物乞いをしているんだ!?自分たちの家や土地を持っているんじゃないのか??"と質問をぶつけてみた。。。

と、返ってきた答えは・・・
 "そうだ、彼女たちはちゃんと自分たちの家や土地を持っている。けれど、あれはひとつの風習なんだ。"と言う!!
そんなバカなっ!?。。。
 続けて"だから現金を与えるより、パンをあげる方がいいだろ?"なんて言う始末だ。"もちろん、中には本当に貧しさから物乞いをしている連中もいない訳じゃないけれどネ"と彼は付け加えた。。。
 疑念は抱いていたものの、あまりに意外な返答で面食らってしまった。。。
要は畑仕事が暇なときや、老齢になってくると、観光客やお金持ち相手に物乞いして小銭を稼ぐのが"風習"だと言うのだ!!
だから彼女たちの大半は決して卑屈な気持ちで物乞いをやっている訳でもないということになる。なんてこった!?
そして母親たちはまだ幼い子供たちを連れて物乞いをし、子供たちにも物乞いをさせる。。。勿論、みんながみんなする訳じゃない!!だが子供の頃からそういう風に育てられた子供たちはそれを当たり前のように繰り返す訳だ。
言っておくが、これはなにも中南米全体に共通のことであるとは思えない。中米では本当に貧しさから物乞いをするしかない人々もたくさん見てきた。だが例えばEcuadorやPeru、Boliviaなどというインディヘナが人口の大半を占め、豊かな大地に住まう国々では"こういうケースもある"と言うことだ!!ちょっと頭がくらくらしてきた(苦笑)。

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※"お菓子が欲しければ<ギブ・ミー・チョコレート>って言っておいで。"っていう感じなのか??
(これが前回"子供の権利"で"子供に<風習>と称して、物乞いをさせるような親たち"と書いた理由だ。)

 ちなみにツァー参加者の面々はわたしとカナダ人女子大生を除いて、すべてPeru人たち。すなわち国内観光客たちだ。なるほど。。。

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Photo Blog ... Cumbe Mayoの風景。追加 [Peru日記]

 

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※Cumbe Mayoへゆく途中Cajamarcaの町を見下ろす。。。

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※赤い草??と思ったら、小さな花が鈴なりになっていた雑草。。。

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※奇岩(火山で噴出した岩)に付着したサボテン。

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※いわゆるタンポポだと思うが、標高の所為か、地面に張りつくように茎がない状態で咲いている。

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※先住民たちの伝統的な家造り。。。もともとは石の下に板を敷いて、壁付けの棚などをこしらえたところから来ている家造り。現在ではこれが丈夫な家を造る方法だと信じられている。


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ペルー5日め(脱日本1477日め)・・11.Junio de 2011 (Sabado) [Peru日記]

 そんな訳で、いくつかの案件はあっさりと消えていった。。。わはは
いつも通りです、ホント。。。レストランのオープニングシェフの件はあれから一度も会わず、ついにわたしの料理写真の一枚すら見せることなく(ほとんど彼の話しか聞いてないから、わたしのことはなにも知らない。笑)、彼が郷土料理だけでやりたいと言うことで事務員からの伝言でキャンセルに。。。んとに、こんなもんです。わはは
 で、昨夜の撮影は時間通りにレストランへゆくと"パーティが来週の金曜日に変更になったから、来週金曜に来てくれ"と言われる。。。だがそんなもの知るものかっ(笑)。。。どうもオーナーが日にちを勘違いしていたか、パーティ客が店を変更したかなんかじゃないかと思う。だからこの話、なくなったも同然と見た(笑)。
 さらにメニューの見積もりを依頼されたレストランは2日後の今日訪れたらまだメールに添付した見積もりを見ていないと言う。。。だがこういうケースは断わり文句であることが多い。明日また確認にゆくが多分、キャンセルだな。ここの人たちが思っているより高いということだと思われる(笑)だったらそうハッキリ言ってくれればいいのだが、中南米の人たちはいい顔をしたいのでハッキリ断らない。
 
 で、今のところ継続案件は料理教室の件。。。今夜一緒に食事にゆくことになっているのだが、現在の料理教室の隣りに以前ディスコバーだった空き店があるのだが、どうやらそれも彼自身の持ち物で、そこを改装してレストランとしてオープンしたいらしい。こちらは8月オープンを予定しているとのことで、今日現場を見せてもらった。広告やmenu作成の仕事も依頼したいと言っているし、オープンまでは料理教室の方で授業をやってくれとも言われている。どうもオーナーは自分自身ではシェフだと言っているが実質的に働く気はなさそう。でファミリーの若いお兄ちゃんがシェフとして働くことになっていて、彼とふたりで切り盛りしてくれという感じだ。だが22才のお兄ちゃんCesarは洒落たレストランをしたいらしいが、オーナーのYuri(彼もまだ30代だ)は、手っ取り早く"バー・レストラン"をオープンしたい考えもあるようでまだコンセプトすら揺れている。それにここでは海苔ひとつ入手ではないので(すべてはここから片道5時間の町、Chiclayoへ買出しに出掛けなければならない)、果たしてどんな料理を教えることになるのやら??ともかく来週中にクラスを受け持てるなら、そしてオープニングデザインの仕事を含めてすぐに取り掛かれるものがあるのなら考えてもいいが、ただ8月までは待てないし、待つつもりもない。今夜食事をしながらハッキリさせられるといいのだけれど。。。
 この件が具体的に前へ進まなければ、すぐにでも撤収して他の町へ移動します。


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ペルー6日め(脱日本1478日め)・・12.Junio de 2011 (Domingo) [Peru日記]

※最初に・・・日付に追いつくのが大変で・・・まとめてupしました。只でさえ長いのにごめんなさい(笑)


なんだかんだとあちこちからメッセージありがとうございます。
去年にも増して、今年はNew York, San Francisco, Guatemala, El Salvador, Italia, Spain, Nicaragua, Colombia, Costa Rica, Ecuador そして日本からと訪れたことのない国々からもメッセージを戴きました♪日本では酒の肴にもして戴いたようです(笑)
おかげさまで50才のこの日を迎えてしまいました。わはははは ふぃ~っ。。。

昨日はここで知り合った料理学校のオーナーとその友人たちがお祝いをしてくれましたが・・・
なんと最初にわたしを連れていったのは、安売春宿!! えっ!?
いや、別にどうしてもわたしを連れていきたかったようではありませんが、待ち合わせの場所に着くなり、"最初にちょっと友人たちが行きたい場所があるから付き合ってくれ"みたいな感じで、何処へゆくのかと思ったら、町からどんどん山の中へ。。。
1時間も街灯もない山の中を、走っているのが不思議なくらいのポンコツワーゲンに5人の男が鮨詰めになって・・・。
と、いきなり前方に場違いなネオンサインがっ!? もちろん、その瞬間にピンときましたよ。。。
で、入場料なるもの1sol(約30円)を取られて、入ったらColombiaのような高級コールガールクラブではなく、正真正銘の安売春宿。。。各自が小さな部屋を持っていて、次々と30人以上いる男性たちが彼女たちの部屋へ消えてゆく。。。
ご心配なく、以前も書いたように日本であれ、海外であれ、わたしは"女を買わない主義"。。。
せっかくのお誘いだったが、丁重にお断り。
同行したうちの2人が"終わる"のを待って、そこを後にして、再び町へ。。。なんじゃそりゃ??(笑)
しかし驚いたことに、20分程度のいわゆる"チョンの間"というやつ、なんとたったの20solだと言う。
20solと言うと本日のレートで$7.4!! (700円ほど)ここの物価からしても極端な安さだ。。。だから2人の友人たちはほぼ毎日のように車を飛ばしてやってくるらしい。。。彼女たちの部屋を覗かされたが、ベッドと化粧棚があるだけでトイレもシャワーもない。だが休む間もなく、次々と男たちが部屋へ消えてゆく。。。こ、怖いっ。。。わはははははははははははははは

その後、ここCajamarcaにたった1軒という寿司レストランへ。。。もちろんSushi Americano。。。
見た目はきれいにしてあるが、味はまったく別物。。。粘土みたいなご飯。
だがそんなことはどうでもいい(洟っから期待してない)、問題はここでオーナーがお金なんて持ってないことが判明したこと。。。
彼は土地建物はあるようだが、それだけ。。。わたしに約束して支払えるようなお金はまったく持っていない。つまりレストランをオープンしても予想通り、儲けの中から支払うのが精一杯という有様だ。
※なんとわたしたちは7名で飲み物1杯ずつと、たった2皿の巻き寿司を注文しただけだ。しかも支払いは22才のCesarに借りていた。
その後、"場所を替えて飲みなおそう"というので付き合ったら、こっちでは学生たちがよくする路上飲み。。。商店でボトルを買って、路上で飲む。。。その後、さらに1件のディスコに入ろうとしたが、料金交渉で断念。もう夜中の3時だったので、退散することに。。。
奢って戴いて、申し訳ないが、そういう状況なので、彼にはわたしが最低限必要とする金額を約束することは到底無理だと思われる。
・・・ということで、すぐにでもCajamarcaを出たいが、昨夜の今日で挨拶もせずに出てゆく訳にはいかないので、今日もう一日滞在して明日にはTorjilloという町へ移動したいと思う。
とても気さくでいい人物だが、彼と働いても稼げるとは思えないし、実際オープンを含めていつになるかも怪しい。。。
やっぱりこういう顛末です(苦笑)。。。

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わたしは何のために旅をしているのか
この最期の旅の目的は何なのか
いつかちゃんと書くけれど、いまのところ、それらをわたしが感じているように理解して戴くにはこの怖ろしく長いblogを最初からすべて読んで戴くしかない。
だがそれは相当なマニアにもキツイ仕事らしい(笑)
正直、ときどきこれ以上、生きるのが面倒臭くなる。だが自分で決めた旅路だから最期まで辿り着こう。。。
友人たちや出会う人々には本当に恵まれているが、一方でこの世界の愚かさに対する絶望は日増しに大きくなるばかりだ。
できるだけ友人たちに迷惑を掛けずに旅をしたいと思っているが、色んな人々に支えられてここまで辿り着いた。
あらためてみんなにありがとうとお礼を言っておきたい。

Gracias amigos!!


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さて、何処行こ?? [Peru日記]

ペルー6日め(脱日本1478日め)・・12.Junio de 2011 (Domingo) 

さて。。。何処いこ??(笑)
いや、それが真剣な悩み。。。あんまり時間と経費を無駄にしてられないので、落ち着き場所の選択は重要な問題。
普通は首都Limaへゆくもんだ。←何が"普通??"(笑)
だがLimaのような大都市で、広告カメラマンの仕事を探すのはPanamaで経験したように結構な時間が必要になるし、広告代理店と契約済みのレストランが多くなる。こちらのフトコロに余裕があれば、それでもいいが、今はそうはいかない。だからLimaへ行くなら、すぐにレストランのシェフの仕事を見つけなければならない。だが通常のコックの仕事ならいくらでもあるが、シェフの仕事となるとタイミングがすべてで、いつでもあるもんじゃない。Limaには日本人の経営する本格的和食レストランもあるそうだが、そんなとこ行っても、稼がせてくれるとは思えない(笑)。だからわたしの選択肢は、Peru人の経営する日本食レストラン~アジア系フュージョンレストランが最適なのだ。だがもちろん、それだってタイミングというか、チャンスに恵まれないとどうしようもないので、広告カメラマンの営業活動を通じて、チャンスを待つ(見つける)といういつものパターンに頼るしかない。ということを考えるとLimaのような大都市は歩き回って、尚且つ仕事にありつくまで1ヶ月以上は掛かるというケースが想定される訳で、今のフトコロ具合ではかなり厳しい賭けになる。第二の都市は南部Arequipaアレキパだが、そこまで行くともうChile国境まですぐだ(笑)。第三の都市がここから8時間という"近距離(笑)"にあるTrujilloトルヒーヨなので、そこへ行こうかというのが現在の考えでもある。さらに有名な遺跡マチュピチュに程近いCuscoクスコという町がそれに続く感じだが、そちらは観光客がもっとも多い地域なので、わたしの仕事には向いていると思われる。だからこの3つの選択肢の中で何処を選ぶかで悩んでいる。。。
 しかし標高3400mのCuscoは寒そうだな。。。わはは
 それに実はちょっと海と太陽が恋しい。。。わはは。それにはTrujilloか、Limaが一番いいのだけれど。。。
いや、そんなこと言ってる場合かっ!?ともかく仕事のことを考えるとCuscoが一番だろう。ただLimaの利点はVISAの延長手続きに都合がいいということだ。Cuscoでもイミグレーションの出張所があるとは思うのだが、今のところ何の情報もない。
 う~む。。。思い切ってCuscoまでゆくか??但し、Cuscoは観光地だけに物価が高いという難点がある。その前にちょっと稼いでから行きたかったのだけれどねぇ。。。それかTrujilloに3-4日滞在してみて考えるという手が中庸というやつだ。わはは
今夜中に決めて明日移動しなきゃ時間の無駄なんだがな。。。珍しく悩んでます。。。ひーん。。。
そんなことよりとにかく荷造りしよっ♪
あっ、そうそう腰の方は完璧ではありませんが、それなりです(ナニ??)。ちょっと違和感があって、同じ姿勢が続くと辛かったりはするけれど、痛みがあるという訳ではないので、まぁ、変な姿勢でひねったりしなければ大丈夫でしょう。今のところ様子みながら・・・といった感じです。

 あっ、関係ないけど美味しいコーヒー飲みたい(笑)
この町。。。コーヒーまずい。。。インスタントコーヒーが基本。。。"pasadoパサード"と呼ばれるエスプレッソを事前に淹れたものもあるが、それを温かいお湯を入れたカップに注いで飲めというやつ。。。"温かいお湯"すなわち決して"熱く"ない。わはは
それにどういう訳かすごく甘かったりする店もある。なんで??
もちろん、パンもまずい。。。
たった1軒だけ、まともなコーヒーの飲める店をようやく今日になって発見したが、高いし、そんなことしなくても熱湯さえあれば、自分で美味しいコーヒー淹れるのに。。。このホテルは"お湯"を頼んでもそれすらないと言う。。。ひーん。。。
美味しいコーヒーと本格カレー、それに美味しいフランスパンはわたし主食です(笑)
あっ、ビール好きには、PeruのCusqueñaクスケーニャのネグラ(黒)ビールはおススメです♪美味しい♪


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