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そんな1ヶ月遅れのコロンビア編 [4度目のコロンビア(2015)]

そんな訳でコロンビア編。。。

いろんな事情が重なって、4度目の帰還。
もちろん、切実なる(苦笑)お金の問題もあるが、別にそのままニカラグアへ戻って働くという手は最初からあった訳で、決して金銭問題だけが決め手な訳ではないことはひとつ強調しておきたい(つい受け狙いで、そこ強調してしまうから。笑)。

最大の決め手はやはり友人であり、共同経営者となったCamiloとClaudiaを手助けしてあげたいという想い。。。
筆不精というか、メール不精というべきか、ほとんどメール会話の成立しない(笑)Camiloに代わって、Claudiaから送られてきたメールによると、新しいお店は以前の大きなレストラン以上に繁盛しているものの、内実は無茶苦茶で、Camiloは寿司に追われているばかりか、仕事の遅くてデキの悪い厨房料理まで手伝わなければならず、ひとりでまったく休みなしで働いているという。
前にも書いた通り、厨房にいるのは、以前からわたしが首にするよう進言していた何も出来ない癖に、レシピを無視してなんでも自分流にアレンジ(主眼は手抜きと思いつき)しようとするJefersonという20才のガキ。。。味噌汁に醤油を入れようとするガキがいて...というのは去年のblogに書いた気がする(笑)。
しかもウエイトレスとして残ったのもとんでもない間抜けの女。。。
まあ、当然と言えば当然のように、こういう場合(こちらで選ばずに残りたい奴を残した場合)、他に行き場所のない連中が残りやすいのも事実だろう。

そんなこんなでClaudiaからS.O.Sのメールが次々に送られてきた訳だ。。。
そしてオーナーとも相談して、わたしに2ヵ月でいいから戻ってきて欲しいと言う。。。
そうやって、わたしはコロンビアと契約した。。。(7月18日)
わたしの渡航日は8月2日と決まった。。。

どういう訳か、その後、しばらく連絡が途絶えた。。。
そして7月25日に久しぶりにメールが来たら... なんとClaudiaが共同経営者から外されたと言う!?
はあ?? なにが??
実は共同経営者とは言え、彼らは資金を出した訳ではなく、レストランの管理者に利益のパーセンテージを提供するという形で共同経営者の地位を贈り物のように与えるというのが、オーナーの経営方針。
だからと言ってはなんだが、共同経営者の立場は非常に弱く、与えられたモノはオーナーの一存で剥奪されるという、とんでもない名目だけの共同経営者socioというのが実情。権利主張ができる立場ではない。。。言い方を変えれば、歩合制で働くだけの管理者契約を共同経営者socioと呼んでいるに過ぎない。

外された理由は後から分かったことだが、Claudiaと他の従業員の軋轢が激しすぎたということらしい。
何かと厳しいClaudiaとダレダレの従業員たちの衝突だが、具合の悪いことにCamilo以外の全員が結託してオーナーに排除を決めさせたらしい。。。

そんな訳で、わたしがコロンビアに到着する前にすでにClaudiaが去り、内部分裂は決定的となった。。。うそん!? マジで??
そんなとこで働くのん??

で、さらに7月27日には、ClaudiaからメールでCamiloがレストランを辞めたいと言い出したと緊急メール。。。
バカなっ!? わたしが行くまで待てバカ野郎っと(笑)、メールで宥めて、なんとか気分を持ち直した。わははははははははは
ひー。。。どうなってんねん!? 無茶苦茶やないかっ。。。汗っ

そんなこんな不安を抱きながら、8月2日の夜中にメデジン到着。。。前途多難か!?


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あーああん、いやんなっちゃった、あーああん驚いた [4度目のコロンビア(2015)]

そんなこんなで8月2日の夜中にメデジン到着。。。前途多難!?

翌朝から休む間もなく仕事入り。。。ひー。。。
なにしろこちとらCosta RicaのPuerto Viejoを8月2日の朝6時のバスに乗って、5時間掛けて首都San Joseへ午後1時到着。San joseの空港に午後3時半にチェックインして、Bogota(Colombia)経由でMedllinに夜中11時半に到着というほぼ18時間という長旅で着いたばかり。。。わはははは

さて、そんなこんなで仕事に掛かった訳だが、とにかく店が汚い。。。厨房なんてオープンして1ヵ月とは思えない。。。
その場で掃除しろと言ったら、そりゃあゴミだらけ。。。掃除もできないのか!?
レストランは小さいが悪くはない。無駄な従業員が減った分、空き時間も減って効率はよくなったようだ。
ともかくもわたしが到着してCamiloも上機嫌で働きはじめた。。。
彼自身いろいろ問題山積みだが、わたしの言うことだけは素直に聞く(笑)。

そんなこんなで忙しく、慌ただしく、仕事開始。。。

まあ、アレだ。思っていたよりは仕事しやすい。
忙しい分、従業員も無駄口を叩く暇もない所為か、まあまあの働きだ。。。

だがすぐに問題が起こり始める。。。きっかけはやはりCamiloだ。。。おいおいっ。。。
その件はあとでまとめてご報告しようと思う。ひー。。。

そんなこんなもありながら毎日仕事。。。
アパートも安くはないけれど、広くてトイレ・バス付きの個室を手に入れる♪
店からは坂道を一直線に登ること17分。下りは15分。。。いい運動です。わはは

コロンビアペソがダダ下がりなので、ドル建てで支払いを契約したわたしの手元に入ってくる現金は以前より格段に増えた♪ わーい♪
1.5倍くらいだから凄いよ。わはは

そんなこんなで1ヵ月が経過し、まあまあいいんじゃないかと思い始めた矢先の9月4日。。。

信じられないバカげたことに。。。ひー。。。

 

 

 


なんと4日の夜に、休みのはずのCamiloがふらりと現れて、とんでもないバカなことを口にした。。。

その日の昼に、オーナーにレストランを売ってくれと申し出たから、もうすぐこのレストランは自分のモノになると、語りだしたのだ!!

はあ!? なに寝惚けとんねんっ!?
わたしに一言の相談もなく、だ。。。

とんでもないお金持ちで、別にお金の為にレストランを経営している訳ではないオーナーが、店を売る訳がないじゃないかっ!?
しかもその口ぶりからしても、彼がとんでもない生意気な口のきき方をオーナーにしたのは間違いない。。。バカなっ。。。
オーナーの返事は"ちょっと考えてみる"だったと意気揚々だ。。。
その瞬間、わたしは何故わたしに一言相談しないと彼を責めたが、もう先は読めた。。。
彼はいずれにせよ、店を去るしかない。。。ということだ。
バカげてる。。。

そう、Camiloはバカだ。。。とても魅力的な人柄で、ハンサムな素直なところのある可愛い男だが、とんでもないバカであるのはわたしたちが初じめて一緒に働いた5年前から明らかだった。。。何度も彼自身に"オマエはバカだ"と言ってきた。。。彼もそれを笑いながら"仕方ないやん、アホやねんもん、アマチュアレスリングで2回、開頭手術してるし。。。"と大阪弁ではないが、認めるほどだ。まだ24才、子供みたいなもんだ。
だが今回はちょっとどうにかしてる。。。驕りか。。。

ここから話は遡り、長くなる。。。うっとうしい話だ。
Camiloの悪口になるかも知れない。けれどわたしたちは依然として友人であり続けるだろう。
情けなくて哀しいが、それでもCamiloはCamiloなのだ。それがCamiloなのだ。。。

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オーナーは変人だが善人だ。
慈善事業のように飲食業に投資しては、レストランを丸々一軒、働いてくれた人にプレゼントしたりもしてる。。。
なんでそんなことをするのか最初は分からなかったが、大体の想像はつくようになってきた。。。
離婚して現在は独りである彼(67才)には、まだ24才と21才というワガママ娘1人とバカ息子一人がいる。
女の子の方はともかく、彼の杞憂はバカ息子であるのは間違いない。。。
21才にして、高校を2度留年してまだ卒業していない。。。多分、無理だ。。。
頭は悪くないらしいが、宿題も提出物も一切出さず、最終試験日に寝過ごしたり、逃亡したりして、卒業する意思そのものが希薄なのだ。
将来の計画なんて一切なく、訊ねたところで毎日将来の計画はコロコロ変わる。。。昼からビールを飲んで、夜通し遊んで、午後まで寝てる。。。
オーナーと話しをしても、すでに息子のことは諦めてしまっている。。。
レストランの管理者にすることも不可能だ。。。そんなことしても1ヵ月でレストランは潰れるだろう。。。
どんなに巨額の遺産を残してやっても、10年も経たないうちに全財産を使い切って、住む家もなくすだろう。。。そんなバカ息子だ。

だから彼は将来的にレストランの収益だけでもコンスタントに息子に遺してやりたいと考えてる。だが息子を経営に携わしてはいけない。そんなことだけはしてはならない。息子に経営権の一握りすら手渡してはいけない。ただ単に現金が毎月銀行に振り込まれるだけにしたいのだ。
その為には、資金を出して、利益の上がったレストランはその功労者に贈呈する。但し、収益の何パーセント(10-30%)だけは未来永劫、商売の続く限り、おさめてくれという計画だ。
株主ですらない息子はレストランの経営には一切口出しできない仕組みだ。
危うい計画だが、それくらいしかない。。。株券も投資もバカ息子は解約、売却してすべてをパーにするだろうからだ。


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 そんなオーナーは分不相応なくらいCamiloを寵愛し、可愛がり、信頼してきた。。。
だがCamiloはそれを理解しないばかりか、裏切り続けてきた。。。

 

旧店舗が6月に火災で燃えたのち、急遽新しい場所で新店舗の開店が決まって、新しいレストランはスペースが小さくて、5台あった鉄板焼きのうち一台しか置けないことが判明すると、Camiloはオーナーにそのうちの一台を売ってくれと申し出た。
だが鉄板焼き一台はとても高価だ。Camiloにその現金はないので、彼は給料から天引きして欲しいと申し出たらしい。
だがオーナーはすでに彼を新しいレストランの共同経営者(歩合制)に抜擢しようと決めていて、そんな利益がすぐに出るとも、いくら確保できるとも分からないような新規事業の給料から天引きするなんて非現実的だと考えたのだろう。
そこでオーナーはCamiloにひとつの提案をした。
欲しいなら、鉄板焼き一台をプレゼントしよう、そして新店舗の共同経営者として店を取り仕切って欲しい。Camilo独りだとなかなか難しいだろうからきみの奥さんであるClaudiaとふたりで店を管理してはどうだろう、と。ふたりには利益の40%!を提供しよう。
...その代わり、Camiloがプレゼントされた鉄板焼き台を使って独立してKabukiに対抗するようなレストランをオープンしたりしないという約束をして欲しい、
いつまでかは拘束しないけれども少なくとも数年はKabukiで働き続けるという約束を念書(私文書範囲)として一筆書いてくれないか、というものだ。

Camiloは喜んでその申し出をふたつ返事でOKし、念書を認めた。。。

そうやってCamiloは鉄板焼き台を手に入れ、夫婦揃って新しいレストランKabukiの共同経営者に就任し、レストランは7月初旬にオープンした。。。

ところが前回書いた通り、オープンして1ヵ月と経たないうちにClaudiaと従業員全員が対立して、ミーティングの末、最終的にはClaudia自身が席を割るという形で、レストランを去ってしまうことに。。。

まあ、ここまでは仕方のない部分もあったかもしれない。少なくともCamiloに咎はない。。。
オーナーはCamiloに10%上乗せして利益の30%を与えることにした。。。

だが首になった形のClaudiaは収まらない。。。オーナーに対立するような考えをCamiloに吹き込みはじめた。。。
Claudia的には自分たちの40%が30%に減らされた。。。10%盗まれたと考えたらしい。。。で、Camiloは或る日、オーナー宅を深夜に訪れて、さらに10%を要求してしまう。。。
もちろん、オーナーの答えは明らかで、そもそもCamiloの働きに20%、Claudiaの働きに20%を与えていたのだから、Claudiaが働かない以上Camiloの取り分は20%なはずだ。けれど10%を上乗せして30%を提供したのにどんな問題がある??ということだ。
まあ、ちゃんと出資した共同経営者なら別の言い分もあるだろうが、実質タダの歩合給労働者だからオーナーに対抗する要件はない。
しかも念の為にと、オーナーから"レストランを辞めて独立したりするつもりはないか?"と訊ねられたCamiloは、言う必要もないのに、"自分はそんな気はないが、Claudiaはレストランをオープンしたがっている"などと答えてしまう。。。
半ばClaudiaに操作されているCamilo。。。
オーナーもさすがに疑心暗鬼になり始めた。。。


さらにオープン1ヵ月して、上々の売り上げに気をよくしたCamiloを悲劇が襲う。。。
いや、もう容易に想像できることなのに、Camiloにはそんな計算はできない。
利益の30%を1000ドル以上だと踏んだCamiloに、会計士はゼロだと告げる。。。新規オープンに伴う広告経費が3000ドル以上掛かっていて、利益はすべて消えてしまうというのがその理由だ。
Camiloはタダ働きだ。。。
だがそんなことは当たり前というか予想できたことだ。以前のKabukiの同じような共同経営者であるAlejandroとJhormanは、多少の資金を出資していたにも関わらず、結局、まったく利益を受け取れないまま1年を過ごしていた。。。だからこそわたしを招いてランチなどを始めて、利益を上げようと彼らは目論んだのだ。だのに、オーナーの意向で彼らとわたしの計画はほとんどご破算になってしまったということは以前書いた。。。
だから歩合制の共同経営者になるということがタダ働きになるリスクは知っていて当然なのだ。
レストランの初期投資を回収しらながら利益が上がってくるのは1年以上店が安定した売り上げを確保したあとなのだということを理解していない。。。

一方、オーナーの数あるレストランの共同経営者の中には、一定の固定給を確保しながら歩合給をもらっている人たちもいる。
で、Camiloは突然、オーナーに500ドルの固定給を要求した。。。500ドルの固定給プラス30%の歩合という要求だ。。。
当然、当初からそういう契約をすべきなのだ。あとから要求するには1ヵ月という期間は早すぎる。。。そんなこんなでいきなりで多少理不尽な面もあるが、オーナーはその要求を呑んでくれた。。。
だが、この時点でオーナーのCamiloに対する信頼はかなり粉々になってしまったと想像できる。。。
Camiloの言葉や考えは、コロコロ変わって信用できないって感じだろう。。。鉄板焼き一台を譲ってもらったことなどもはや念頭にない。
わたしがそれを指摘すると"あんなものはいつだって返せるから"などと言う始末だ。そんな理屈はない。。。

 

さて、そんなCamiloがどうやってレストランを買い取るなんてことができる!??

実は彼にはまだ逢ったこともない米国人の父親がいる。。。長い間音信不通だったが、ここ数年彼が20才を前にした頃から父親からコンタクトが来るようになった。ちょうどわたしと仕事をし始めた頃だ。その経緯も覚えている。。。

その父親が、罪滅ぼしとばかりに、資金を出してやるから自分で店を持てと唆し始めた。。。
Claudiaもその話に飛びついた。
だがCamiloは変な執着があって、Kabukiを自分のモノにしたいと考えた訳だ。。。
そして例の念書のことも顧みず、自分の立場も弁えず、オーナーに"金はあるから店を売ってくれ"と申し出た訳だ。。。
オーナーが売らないと言えば、彼はどうなる??
"じゃあ、今まで通り働きます"とでも言うのか??そんな訳にはいかないだろう、だからその話を聞いた瞬間にわたしはCamiloが辞めるしかないことを直感した。。。
それが8月4日の晩だ。
そして8月5日の昼には、オーナーの返事を待たずに、自ら辞職をオーナーに一方的に告げてしまった。。。
一晩寝て、酔いがさめたのか、自分の立場がとても弱いことにでも気づいたのか、負ける前に逃げ出してしまえというラティーノらしい考え方だ。
首になったのではなく、自分から辞めたのだという訳だ。

そもそも状況が極めて悪い。。。なぜならわたしという存在があるからだ。
わたしがいないなら、オーナーとしてもCamiloに即日辞められるとかなり困ったことになる。。。けれど、皮肉なことにわたしがいる。
Camiloが辞めても、わたしがいれば当面はレストランには何の支障もないし、わたしが新しいシェフを教え込めばレストランは成立するという読みが立つ。。。
(そもそもCamiloが店を買い取って、Claudiaが戻ってくれば、一人残らず店を去って、オーナーの別のレストランで働くことを選ぶだろうということは明らかじゃないかっ、彼とClaudiaふたりで何ができる!?わたし??わたしに支払えば彼らの収入はさらに半年は遠のくだろう。苦笑)


皮肉な話だ。。。とても残念で、情けなくて、腹立たしい話だ。。。
わたしはCamiloを助ける為に戻ってきたのだ。。。
そうでなければさっさとニカラグアで働いてもよかったし、コスタリカで契約の交渉を始めても良かったのだ。。。

そんな訳で、わたしの相棒であるCamiloはレストランを辞めてしまった。。。
バカげたことに翌日には隣りの日系ペルー料理レストランで寿司を教えていた。。。働く気はないと言うが、そんなもの信用できる言葉じゃない。。。
もちろん、すでにオーナーの耳にも入っている。。。

おかげでわたしはメインシェフだ。。。新人ふたりを教えながらフルに寿司場も担当しなければならない。
唯一の慰め??は、わたしの給与が高すぎるので(コロンビアpesoが下落し、ドル建てでわたしに支払うため)、2ヵ月だけの契約話だったが、この様子では3ヵ月契約に延長せざるを得ないだろうという点だ。わはは

はふぅ~っ。。。でも虚しいよね。


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Nagi Yoshidaという女性フォトアーチスト [4度目のコロンビア(2015)]

そんな訳で(いや、だからどんな訳??)、とてもステキな友人をご紹介したいと思います。わはは

いつもFacebookで遊んで頂いておりますが、実のところお会いしたこともありません。わはははは
いや、最近どんどんとメジャーになりつつあって、わたしなんぞがそんなに親しくさせて頂いていいのかどうか戸惑いもあるのですが、とてもユニークで才能のある女性カメラマン(色彩レタッチを含めて、フォトアーチストと呼ぶべきかも知れません)です。
ネットを探せば色んな記事が出てくると思いますが、とても正直な人なので(ちょっとは隠せよと思うくらい。笑)他人の評より、ご自身のblogなど、彼女自身の言葉を読んで頂くのが一番だと思います。
面白くて声を出して笑ってしまうと思います。少なくともわたしはそうでした♪

もう何年の前のことなので、今となってはどういうきっかけで彼女を見つけたのかは思い出せませんが、或る時、なにかの拍子に彼女のblogに行き当たりました。。。
そして本当に感動してしまったのです。。。こんな凄い子(ホラっ、親子ほど齢が離れて...いや、実は彼女の両親より年上らしい。爆笑)がいるんだと。。。
どういう訳か彼女の方でも中南米をウロウロしているこんなおっさんに興味を持ってくれて、いつの間にかメッセージのやり取りをするようになりました。
大して中身のないくだらないやり取りばかりです。わはははははははは

そんな感動させられたことも忘れつつあった昨夜(9月10日)、彼女が初めて日本のtvメディアに出演した番組が放送されました。
便利な世の中で、すぐにもそれはyoutubeにupされ、地球の反対側にいるわたしも数時間遅れで拝見することができました。
おもしれーーーーーーーーーーーっ、やっぱすげぇーーーーーーーーーーーってのが感想です♪
そしてまた別の意味で感動させられ、そうかやっぱりこんな凄い子だったんだと改めて認識した訳です。わーはははは

tv番組 "クレイジージャーニー"(いつ削除されるか分かりません。笑)
https://www.youtube.com/watch?v=MhjkJe7Nc8Y

自己紹介的な"アフリカ人に憧れて"という連載blog
http://global.innovations-i.com/articles/23.html

彼女自身の個人blog "自由奔放な女の写真放浪記"
http://ameblo.jp/bohemiandays/

最新の対談blog "パンツまで脱いだら歓迎の舞が始まった 裸でアフリカ民族を撮り続ける女性写真家が伝えたいこと"
http://wotopi.jp/archives/26528


とにかく面白いし、本気度、気合いが違うというか、これだけ本気で取り組めるものがあって、それに真剣にしかも楽しんで取り組めるという姿勢が羨ましいというか、見習わねばと思ったりもする訳です。(とてもマネは出来ませんが。笑)
本人は、ともかく人見知りで、ひきこもりの経験もあり、人前で喋るのも苦手で、すぐに言葉を噛んでしまう(噛み噛みになる)と言ってます。わはは
今の世の中、有名になればすぐに叩かれ、くだらない誹謗中傷を浴びせられたりする訳だけれど、彼女の友人の一人として、素直に応援してあげてくれれば嬉しい限りです♪

 そして19日からは写真展も始まります。

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Suri COLLECTION
~ 世界一ファッショナブルな民族の極彩 ~

エチオピア南西部に、彼らはいる。
その名は、スリ族。
地球上で最も鮮やかに自らを彩る民。
花、葉、実、土、茎、枝。
彼らを眩く飾る、自然のすべて。
その極彩は、見る者を異世界に誘う。

2015年9月19日(土)〜27日(日)
OPEN : 13:00〜19:00
CLOSE:24日(木)
ヨシダ在廊日:土日の午後数時間とシルバーウィークのどこか。

会場:gallery and shop 山小屋
住所:東京都渋谷区恵比寿1-7-6 陸中ビル1F 
企画:川内イオ/MOVE Art Management
デザイン:高野美緒子
http://www.move-move.com/
http://galleryyamagoya.blogspot.jp/


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9.11 テロと安保関連法案 [4度目のコロンビア(2015)]

2015年9月18日未明、安保関連法案は可決される。
なにも驚くことではない。それはとうの昔に決定された規定路線だということは繰り返し述べてきた。
この後に及んで、国民の選挙不参加に責を求めようという輩がいるが(小沢を始め多くの政治家たちと活動家たち)、それは国民に責任をなすりつけると同様の行為・発言でしかない。
たとえば前回選挙でどう足掻いても自民党の過半数を阻止することは実質的には不可能だったろうし、それ以前の参院選挙などどんな結果でも最終的な可決に至ったろうことは明白だ。だとすれば2012年の安倍晋三登壇の選挙にまで遡らなればならない。だが2012年、安倍晋三登壇前に、国民の大半が反自民で結集するような動議があったろうか?否だ。
わたしのような偏屈者はいつだってNOだけれど、国民の大半は(団体職員という固定票を含めて)いつだって自民党だけを支持してきた。社会民主党や民主党の政権獲得はあったけれど、安定過半数を確保できない不安定な運営と、自民党の返り咲きを願う省庁の抵抗にあって、何一つ実行できないままで終わるしかなかったし、それがまた国民に自民党頼りを蔓延させてきた。

選挙に責任を還元しようとする発言は、選挙結果が民主主義だと言い切る安倍晋三の態度と変わらない。

問題は選挙不参加ではない。
自分の見識に符号する政党・立候補者が存在しない場合、投票をしないのは、或いは白紙投票をするのは、それもまたひとつの権利だ。
最大の問題は、そんなところにはなくて、党議拘束というやつにある。
党議拘束は民主主義の根幹に違反している。
そして起立投票などというのもバカにしている。責任ある代議士として記名投票そして(投票結果)情報開示というのが当然の帰結である。
それを問わずして、選挙にいかない人々が2000万人いたことが原因だというのは国民への責任転嫁以外の何物でもない。

日本が軍隊を持つ国になることは2001年にはもはや決定的だった。
1991年に自衛隊ペルシャ湾派遣に続き、1999年に周辺事態法を成立させたときにもはやブレーキは外されてしまったのだ。
2001年に小泉がテロ特措法を制定した時にすべては完結した。あとはただレールの上をというべきか、川の流れに従ってというべきか、ただ流されてきただけだ。
言っておくが、民主党などというのは、自民党の内部分裂=指導権争いの一端に野党から与党化の野望を持って寄り集まった者が作り上げただけで、内実は自民党と何一つ変わらない。よしんば彼らが政権を握り続けたとしても時期のずれはあれ、同じ方向へと(日本が軍隊を持つこと)進んだことは間違いがない。
内部分裂で足の引っ張り合いばかりしているような党に何一つ期待してはならない。
すべては15年以上前に決定されたことなのだ。言い換えれば、国民が20年近くに渡って洗脳され続けてきたことの結果でしかない。いや、反共主義と政治・哲学教育の遺棄という観点から見れば、50年間に渡って、米国、日本政府、文部省によって、日本国民が洗脳され続けてきたことの結果なのだ。

次回選挙で何がどうなろうとも、衆議院での自民党の絶対多数は揺るがないし、2018年の衆議院総選挙までは手も足も出ない。
自民党としては2018年の衆議院総選挙までに日本が戦争に巻き込まれさえすれば、さらにその先まで安泰なのだ。
海外紛争地でイスラーム世界と明確に敵対することで、国内でのテロを呼び込むことさえできれば、防衛本能や報復の概念に押された国民は安倍晋三の選択にyesを唱えるだろう。もしも中国との挑発とつばぜり合いが度を越して、小さな紛争を起こすことに成功すれば、自民党は安泰なのだ。
北朝鮮を恫喝して、イラク同様に無条件核査察か空爆かの二者択一を突き付けて日米韓を中心とする多国籍軍で空爆すれば、自民党は安泰なのだ。
3年間の間に何かが起こりさえすれば、ほら見たことかと安保関連法案の妥当性を主張できるのだ。 
見方を変えれば、一国の首相が自国に危機の訪れることを切望しているのだ。そんなバカな国があるものかっ!!


国民が自らの防衛本能と報復の概念に打ち勝つことはできないだろうことは、すでに歴史が証明している。
その時、振り子は大きく振れて、戦争反対は少数に留まるのだ。
被害者を気遣ってという自粛意識が(原発被害を想起すれば容易に理解できるはずだ)、反対の声を押し殺してゆく。
被害者の遺族感情に配慮すべきだという論調が、反対者に"オマエの娘がテロの被害に遭った訳ではないからといって..."と反対論者の口を塞いでゆく。。。
"可哀想"という感情論は容易に演出することができる。人々の善良さに訴えるほど簡単なことはない。
国民の7割、8割が死刑制度を支持するという報復の民はここぞとばかりにかたき討ちを支持するのだ。
(※だから何度も、本当に何度も書いてきたが、死刑制度を支持するというのは戦争を支持することと同列なのだ。)

 

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さて、遡ること数日、9月11日に書き始めた記事がある。。。
テーマは共通するので続けて読んで頂きたい(体力と根性のある方は。笑)。

 

9.11を忘れてはならない。。。

けれど、もし9.11のあとブッシュがアフガニスタン空爆を指示しなかったら...ということも同時に考えなければならない。
もしアフガニスタンに次いで、イラク侵攻がなされなければ...ということを我々は考えなければならない。

それは我々の現在生きている世界がまったく違ったものであった可能性を示している。
そこには死なずに済んだ何万人ものアフガニスタン人、同じく何万人ものイラク人、そして何万人ものアメリカ人たちの存在が横たわっている。

チュニジアやリビアなどの民主革命すら起こらなかった可能性だってある。少なくともエジプトでの民衆運動は起きなかった可能性が高い。
ISなど存在しなかっただろう。。。

もちろん、世界はいつだって紛争に満ち溢れ、人々は殺しあう。
けれど、もしブッシュがあの時、アフガニスタン、イラク侵攻を決断しなければ、今ある世界はまったく別のものだったろうことも確かなのだ。

9.11は米国の悲劇としてではなく、世界の悲劇として、世界の過ちとして記憶されねばならない。


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さて、もう少し9.11を掘り下げよう。。。


9.11のテロが起きて、12時間以内に、実行犯たちはすべて死亡しているにも関わらず、ブッシュはオサマ・ビン・ラディンを首謀者だと決めつけた。
あれだけの大事件で、犯行声明など一切なく、実行犯死亡の案件としては異常なスピード判明だ。
"証拠はあるが(裁判の過程で)後から示す"などと言ったが、結局直接的な証拠は一切示されないまま欠席不在法廷を開くこともなく、ビン・ラディンは死亡(暗殺)した。
その後も一切の証拠は開示されないまま、ビン・ラディンの関与は確定されてしまっている。。。
初めっから犯人を知っていたか(犯行計画)、犯人をでっち上げたか、だ。
もちろん、FBI、CIAは前者の立場を取った。情報はあったが活かせなかったと。。。
当日にも父ブッシュとビン・ラディンの兄がワシントンで会食していた事実が判明している。
だから順当に考えれば、その場でオフレコとして"反米を掲げる弟が大規模なテロを米国内で企んでいるという情報がある"と兄側からリークされていたと考えれば、なるほどそれでビン・ラディンを名指ししたか。。。ということになる。
けれどそういうシナリオは一切発表されていない。ビン・ラディンが死亡した今も尚、だ。

それに、もしそういう経緯だったとしても、それは一切の証拠を欠いている。ビン・ラディンが計画していたテロは別の事件だったかも知れないという可能性だ。
同時多発テロを彼が指示したという証拠も、事実も何処からも出てこない。
だからブッシュは"証拠はあるが(裁判の過程で)後から示す"などと言ったのか!?
(こう考えてきて、ひとつの盲点に行き当たった...そうなのか!? パパ・ブッシュは当日の未明に、ビン・ラディン・ファミリーからイスラーム過激派の一部が航空機を乗っ取り、自爆攻撃を仕掛けようとしているというほぼ正確な情報を齎されていたのかも知れない。だとすれば、にも関わらず、その情報にただちに対策を取らず、9.11という結果を招いたことはブッシュ政権にとって最大の汚点となる。それをひた隠す為に、取った行動なのかも知れぬということだ。※要再考)

 

そして9.11から1ヶ月以内の10月7日、アフガニスタンへの空爆が始まった。。。

あれ!?アフガニスタンはどこから現れた!?

当時、ビン・ラディンはアフガニスタンに滞在していた。。。だが国賓でもなんでもない。
国家に招聘された訳でもなく、こう言えばおかしいが、言わばただプライベートで反米武装勢力アルカイダの軍事キャンプを運営していただけだ。
アフガニスタンは、全土を組織的に支配する政府を持っていた訳ではない。
アフガニスタンは分断された国家であり、いや、寧ろ統一国家とは到底呼べない代物だった。
中央にある山岳地帯によって国土は四隅みに分断され、米ソ代理戦争と呼ばれたアフガニスタン戦争(1978-1989)により国内は混乱と動乱の極みにあり、ソ連軍の撤退により、1989年以降はずっと内戦が続いていた。。。96年、イスラーム原理主義を掲げるタリバーンが統一政府樹立を宣言したが、それ以降も内戦は止むことなく、断続的内戦状態が続いていた。。。
ビン・ラディンの率いる武装勢力アルカイダはタリバーン政権側に協力して内戦に参加していたとする向きもあるが、寧ろどちらかと言えば指導的立場にある傭兵部隊に近い存在で、タリバーン側に立つ地方武装勢力の部隊や傭兵部隊、また他のアラブ諸国で闘争を繰り広げる各組織からのゲリラ=兵士たちの訓練指導に当たる程度の人数だったはずだ。
ビン・ラディンはイスラーム法学者でもなく、イスラーム教の指導者でもなかった。
反米主義を掲げる武装ゲリラ訓練の指導者と言う感じだった。
1998年、ケニアとタンザニアのアメリカ大使館爆破事件の際、米国はアフガニスタン国内に潜伏していたアル・カーイダ・メンバーの引き渡しを要求したが、ターリバーン政府はその要求を拒否。それ以来、米国とアフガニスタン政府の対立が表立った。(しかも米国はケニアとタンザニアのアメリカ大使館爆破事件への報復的措置として、アルカイダの組織関与を発表し、第三国であるスーダン国内の二施設を空爆破壊したが、それらは国内需要を支える赤ん坊用のミルク工場であったり、アルカイダとは無関係なものであり、米国当局の杜撰さが浮き彫りになった記憶も生々しかった。)

当時のアフガニスタン政府はイスラーム原理主義を掲げるタリバーン政府だったが、これまで読んでお判りの通り、通常の安定統治された国家ではなかったし、それだけの力もなかった。況してや国内で反米闘争=イスラーム原理主義を掲げて、政府寄りの軍事訓練に寄与しているビン・ラディンを仮想敵国米国に引き渡す言われはなかったろう。
それを要求するには米国がきちんとした証拠をアフガニスタン政府に提示し、国際的圧力の下、ビン・ラディン捕獲の為の米国武装勢力の受け入れを迫る以外に手はなかったろう。

 

少し遠回りしたが、それが"もしも..."のシナリオだ。(勿論、本来数十ページに及ぶべきものを数行にまとめたのだけれど。笑)

 


もしも、9.11以降、ブッシュがテロ事件についてきちんとした捜査をし、ビン・ラディン犯人説を検証し、裏情報を含めて、証拠となるものを(少なくとも関係各国に対して)提示し、捜査協力、或いはビン・ラディンの身柄拘束に対する協力を依頼し、国際的圧力を駆使して、アフガニスタン政府に逮捕の為の米軍特殊部隊の現地入りを含む協力体制を強い、一部での軍事衝突は避けられなかったにせよ、逮捕(暗殺?)まで結果として数年を要したとしても(2011年、10年後にパキスタンで暗殺?をようやく果たしたという年月を考えればなんでもない)、アフガニスタン空爆という暴挙に出なければ...という歴史のシナリオだ。


もしも、アフガニスタン空爆がなければ、続くイラク侵攻もなかったろうことはほぼ間違いない。
イラク侵攻は当初言いがかりとして、ビン・ラディン潜伏、逃走幇助などから始まり、結果的にはありもしない核兵器開発の濡れ衣を着せられた結果として実行された訳だけれど、アフガニスタン空爆がなければ、ブッシュの親子に渡るフセインへの怨念だけでは決して果たせなかっただろう。
そもそもアフガスタン空爆がなければ、米国は9.11の捜査、ビン・ラディンの逮捕に追われてそれどころではなかったろうことは100%確実だし、英・仏を含む国際社会も米国の核開発疑惑による侵攻など決して容認しなかったろうからだ。
イラク侵攻の背景には、9.11に対する国際世論の同情とイスラームに対する嫌悪の高まり、アフガニスタン空爆で封を切ってしまった対イスラーム戦争という流れがある。
アフガニスタン空爆がなければ、続くイラク侵攻はなかったのだ。
そうすれば、続く世界各国でのテロは頻発しなかっただろうし、規模も違った可能性がある。
イスラーム世界とイスラーム教徒に対する憎悪、それに相反するイスラーム原理主義者たちの西側世界に対する憎悪は今日のような激しさを見せなかったかも知れないからだ。
アフガニスタン~イラクへと続いた米国主導によるイスラーム世界の破壊と殺害がイスラーム原理主義者たちを増殖させ、対立の激化を招いたのだ。
英国での列車テロ、マドリード列車爆破テロ事件も起こらなかったかも知れないし、ノルウェーテロ事件も、ボストンマラソン事件も起こらなかった可能性はある。
同様の事件は起こったかも知れないし、起こらなかったかも知れないが、目的も規模も違っただろうことは想像できる。
イスラエルによるパレスチナ空爆の規模も異なったことだろう。

チュニジアに始まったアラブの春=民衆革命と呼ばれたうねりもまったく無関係ではない。
運動に参加した人々の思惑はさまざまで、決して西洋的民主主義を求めた運動でなかったことは結果を見ても明らかだ。
彼らはさまざまな思惑から政府に対して怒った訳だが、決して西洋的民主主義を希求したものではなかった。
欧米社会にいいように蹂躙されているイスラーム世界、イスラーム国家の状況を見てみぬふりをして容認している支配層に対する怒りもまた大きな一因だったのだ。それはイスラーム世界の指導者たらない国家支配層に対する異議申し立てであったし、結果としてイスラーム国家の弱体化を示した事件でもあった。
少なくともエジプト政府の転覆には9.11からのエジプト政府の態度に対する民衆の怒りが相当なエネルギーを齎したのは間違いない。そしてエジプト政府の転覆がなければ、リビア内戦はおそらくは起こらなかったのだ。リビア革命には然したる事由は見当たらない。
カダフィの治世はもちろん、反体制派を暴力で弾圧したものだったろうけれど、反体制派の活動がそれほど顕著であったとは語られていないからだ。しかも反体制派は最初から本格的に武装していた疑いがある。


そしてリビア内戦に国際社会が介入しなければ、シリア内戦も拡大しなかったはずなのだ。
リビア内戦に対する国際社会の武力介入が、シリアに燻っていた内戦の種に火をつけた。
反体制派は直ちに欧米社会がシリア内戦にも介入し、アサド政権を打倒してくれると望みを抱いたのだ。
その読みは完全に外れ、シリア内戦は泥沼化し、その中からISという変種が誕生したのだ。
当然の如く、シリア内戦がなければISは誕生しなかったし、リビア内戦に西側社会が武力介入しなければ、シリアでの反体制活動は発生したには違いなくとも、容易に弾圧されて萎んでいっただろう。


もちろん、このシナリオにはブッシュサイドの立ち場が欠けている。
もしブッシュが9.11テロの後、もたもたとしていたら、ゴア候補にギリギリの僅差、疑惑の開票で勝ち上がったばかりのブッシュの支持率はガタ落ちとなっただろう。そのままブッシュが手をこまねいて、テロ首謀者=被疑者死亡なんてことで片付けようものなら、米国民は黙ってはいなかったろうし、ブッシュもそれを受け流すなんてことはできなかったろうから、ビン・ラディン逮捕・訴追に向けてやっきになる一方、国民の不満を逸らす為、アフガニスタン空爆~イラク侵攻を決断しなかたにせよ、何か別の火種、スーダンやソマリアなどそれまでと同様の制裁や限定的空爆を行った可能性はある。だがそれでも尚、今日の世界は別のものになっただろうと言い切ることができる。
強いて言えばアフガニスタン空爆だけで留まっていたとしても今日の世界がかなり違ったものであったろうと言えるのだ。(もちろん、事後の対応には更なる慎重さが求められる訳だけれど。)
最大の過誤は、イラク侵攻に尽きた。
9.11テロに対してはイスラーム諸国からも、イスラーム民衆からも同情の声は多く上がっていたし、アフガニスタン空爆に対してはその強硬姿勢を批判しながらも、アラブ諸国も一定の理解を示さざるを得ない雰囲気だった。
もし性急さに代わる慎重さと証拠開示などが十分に果たされたなら、ビン・ラディン拘束の為のアフガニスタンに対する限定的空爆や侵攻もまたアラブ諸国のみならず、広くアラブ国民の理解を得られた可能性もなくはなかった。(もちろん、過激派たちの反感は買ったろうが、それが現在のように増殖したかどうかは別物だ。)
だが米国が続いてイラク侵攻を果たしたことは、"やはり...化けの皮が剥がれた"と思わせるに十分だった。
そしてイスラーム世界vsキリスト教世界の対立はこの時、完全なる形で世界に確立した。
米国を主役に欧州諸国もまたこの時、イスラーム世界の大いなる怒りを買ったのだ。
それは双方に於ける武力の公認であった。
米国がその強大な武力でイスラーム世界を好き勝手に蹂躙するなら、そして他の欧州諸国もそれを容認・協力するなら、イスラームがその微々たる武力を行使して対抗することにいったいどんな問題があるというのかっ、という訳だ。
空爆や軍事進攻で無残に殺された子供たちや家族を想い、彼らが武器を手にするのはそれはそれでごく普通の"遺族感情"というやつだ。
それを"我慢しろっ"、という論理を振りかざす資格はアフガニスタン、イラクを空爆・侵攻した欧米キリスト教社会にはない。
憎しみの種は数十万、数百万とまき散らかされた...それが芽を葺くのは自然の道理だ。
"報復"の概念を支持する人々は戦争を支持するのだ。
"収まらない遺族感情"は果たされねばならないと考える人々は戦争を支持するのだ。
軍隊を持たない人々の抵抗や報復はテロと呼ばれる。
報復の応酬はさらなる拡大を招き続ける。。。


もしブッシュがあの時、アフガニスタン、イラク侵攻を決断しなければ、今ある世界はまったく別のものだったということだ。
数十万人もの人々が、言うなれば"数十万人もの無関係な一般市民が"この14年間で殺され、さらに"数百万人にも及ぶ無関係な一般市民が"その人生を破壊されたのは、ブッシュがあの時、アフガニスタン、イラク侵攻を決行したからなのだ。

今ある世界はまったく別のものだった可能性がある。。。
アフガニスタン、イラク侵攻が決行されなければ、安保関連法案も今国会で提出されることはなかったのだ。。。


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歴史にもしもはない。
歴史に"もしもあの時..."という議論は不毛だとよく言われる。
確かにそうだろう、けれど我々は今、その歴史の"もしも"の分岐点にいる。
日本の歴史における5年後、20年後の"もしもあの時..."という分岐点にいるのだ。
もしも2015年9月、安倍晋三が憲法解釈を主張して、安保関連法案を成立させなければ...という分岐点だ。
残念ながらそれを阻止する手だては2015年9月には国民の手には存在しないけれど、我々は今、日本史における"もしも..."の分岐点を通り過ぎつつあるということだ。
2015年9月、安倍晋三が安保関連法案を成立させなければ、10年後、20年後の日本はまた別の世界だろうということだ。。。

 

 


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近況でっせ♪ 愚痴か?? www [4度目のコロンビア(2015)]

そんな訳で、相棒のCamiloが去って2週間が過ぎた。。。

新しいシェフとして24才の若者が派遣されてきた。真面目な子だが如何せん日本食について一切知らない。
調理師学校を出て、コロンビア料理とアルゼンチン料理のレストランで働いてきたというのだけれど、食材や料理の種類からすべてを一から覚えなければならない(教えなければならない)。筋は...よくも悪くもない。わははははは
極めて普通。。。
おバカなCamiloよりもちろん、知性的ではあるが、Camiloには間違いだらけの経験とは言え、少なくとも5年間というキャリアがある。最後の1年間はわたしが教えた形だけれど、まだまだだ。とは言え、寿司ってなんだ??から始まる新人シェフとは違う。。。ふぃ~っ。。。

ええ、大変ですよ。。。しかも期限はたったの1ヶ月半。無理に決まっているが、どうしようもない。
その間に寿司~刺身~前菜、ラーメンや鉄板焼き、いくつかのペルー料理やソース各種の仕込みから全部教えなきゃならない。。。
スケジュールを立てたいが、わたしと彼の休みを完全に一緒にするのも困難で週に4日間ではどうしようもないというのが本音。(しかもうち2日間は週末でとても忙しい訳だから何も教えれない。。。汗っ)

レシピは教えられても目標とする味を覚えてもらうまでは程遠い。。。さじ加減というやつだ。
技術なんてものは到底不可能に近い。。。
まずいお寿司と美味しいお寿司の違いが分かるにはどうしたって食べること自体の経験値がいる。。。
ちらし寿司や刺身盛り合わせの盛り方ひとつ取ったってやっぱり訓練というか場数がいるが、それほど毎日売れるもんでもない。
いつどうやって練習する?? こればっかりは本人がよほど研究熱心でないと。。。研究熱心なら今やネットでいろんな画像や映像を見つけることができる。
けれどなかなかそこまでゆくには、そもそも相当な熱意と興味を持ってもらわないと、だ。。。強制したって続くもんじゃないし、どこをどう真似ていいのか、どこに注目すべきかも分かりやしないだろう。。。

形だけ。。。いや、それが難しい。。。
教えていて一番の問題は、違いが分からないということだ。
巻き寿司をお皿に並べるだけの作業ができない。。。きれいに列をなして並べるだけのことだ。
それがどうにもジクザグになる。けれど指摘してもその違いが理解できないとなると改善しようがない。
生半可に分かってもいないのに、"はい、違いますね"なんて言われたらもう手の打ちようがない。
細部にこだわらなければならないのに、細部は割りとどうでもいいと思われたらどうする??
玉ねぎを可能な限り薄切りにしろと言って、透明な見本を切って見せて、1mm以上のスライスが上がってくるのが普通だ(いや、2mmだって平気だ)。
それを同じくらいだと言われたら苦笑いするしかない。

"技術は細部にあるんだ"、"レシピ以上に、調理プロセスや調理テクニックが重要なんだ"と口を酸っぱくして言っているが、違いが分からなければどうしようもない。

どんなに最低でも半年は要るが、期間は1ヶ月半、わたしの都合だけではなく、オーナーにもわたしに店の利益を食い潰す高給を支払い続ける気はない。
そもそもうちのオーナーは寿司が大嫌いなので(以前書いた)、彼からすれば寿司なんてメニューから消しても平気なのだ。
ただ現在では店売りの半分以上は寿司なので、さすがに可能なら寿司を続けてもいいという程度だろう。

もうひとり鉄板焼き中心に働いてきたコックがいるが、こやつはどうにも美的センスがない。(笑)
ひどい。。。出来上がりがめちゃくちゃ汚い。。。とても任せられない。。。わははははははははははは

新人のひとりは一番いけないタイプ。。。一度教えたら、"もう分かった、任せてくれ"というタイプだ。わはははははははははは
まあ、ラティーノを代表するタイプだ。こういうのが一番多い。。。苦笑
寿司を本当にたった一度で分かった気になる奴には絶対に何も教えてやらない♪ わはは

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さて、そんなこんなで10月の末にはニカラグアへ。。。
ちょっとどこかでのんびりしたかったけど、VISAも切れるし、飛行機代も年末に向けて高くなるのでニカラグアで1週間くらいのんびりしようかな。。。できるかな。。。
できないな。。。ひー。。。

San Juan del Sur(Nicaraguaの太平洋側でもっとも有名なビーチ)でも行ったろかな??


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今更ながら五輪ロゴ問題 [4度目のコロンビア(2015)]

古い話の蒸し返しになるが、例の五輪エンブレムを見た時に感じた違和感の正体が分かった。。。

先日、友人に頼まれて新しい商売のロゴマークを作ったのだが、その時に理解したのだ。

東京オリンピック。。。Tokyo Olympic。。。
そしてエンブレムにあしらわれたTの文字とそこはかとなく感じさせるOの影。。。
Tokyo Olympicだからそれでいいじゃないかって??(笑)

いったいどこの国のオリンピックが開催国やましてや開催都市の頭文字を五輪エンブレムに使用するだろうか!?
過去にそういう作品があったのかどうかすべて調べた訳ではないが、通常はそんなことはしないだろう。
(招致エンブレムとか、冬季五輪は知らないが。)

だがロゴマークではよくあることなんじゃないのか?? そうだ、普通の手段だ。

そこが違うってことだ!!

企業ロゴマークや商業ロゴマークでは名前やイニシアルを寧ろ、原則であるかのようによく使用=アレンジする。
だが五輪エンブレムでそんなことするのは珍しいはずだ。企業CIと五輪エンブレムは異質のものだ。

都市や国家の名前をエンブレムに入れてみても仕方ない。
寧ろ、国を象徴するようなモノや自然、建物、或いは五輪らしくスポーツ、躍動感、全世界などをメインにするのがありきたりとは言え、世界的な潮流だろう。
そこに頭文字を大々的に刷り込んできたのは、デザイナーが商業デザインしか念頭になかったからではないかっ!?ということだ。

わたしのようにローカルビジネスの商業デザインをしていると、同業者(同業社)のデザインやその制作現場に立ち会うことも少なくないが、ほとんどネットで拾ってきたイラストの組み合わせ、トレース、アレンジが堂々と行われている。もうそういうものなんだと考えるしかないほどだ。
中南米のローカルビジネス(主に個人レストラン)のロゴマークだとそういうものがほとんどだし、ローカルビジネスの商業デザイナーと呼ばれる人たちの仕事は本当にそれを前提にした作業だということを見知っている。
五輪エンブレムなどというものは、本来はアーティストの領域だ。商業デザイナーの出る幕ではない。
もちろん、アーティストだって商業デザインを手掛けるだろうし、商業デザイナーだってアーティストな分野に挑戦することはあるだろうけれど、両者を同じ土俵で考えてはいけないのだ。


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安倍晋三を許してはならない [4度目のコロンビア(2015)]

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どう責任を取れるのかお聴きしてみたいもんだ!
本当に無責任な人間だけが、原発事故に対して、責任を持てるなどと発言できるのだ。

もうこういう男を総理の座に置いていてはいけない。
決して許してはいけない。
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世界一のカレー(笑) [4度目のコロンビア(2015)]

 本日は軽い話題を♪

わたしはカレーマニアだ。。。
実は生まれて初めて本格的に作った料理はカレーだった(すき焼きとステーキ以外では)。。。
言っておくが、S&Bとか、ハウスとかではない。香辛料をたくさん買い込んで作ったのは本格インドカレーだ♪

さて。。。なんでこんなことを急に書くかというと、ことは数か月前に遡るのだけれど、ニカラグアのレストランの倉庫で大量のS&Bカレーを見つけた。。。
店のメニューにカレーはあるが、まったく別モノで(カレー風味の生クリームソース。苦笑)、インスタントルーなんか使わないのに、なんでこんなものが??と思って訊いたら、1年以上前にカレーのケータリングサービス依頼が100食分あって(おかしな話だ。笑)その時に購入した残りだという。わはは

で、仕方ないので、一応S&Bカレーの辛口を作って、店で出してみようとしたのだが。。。
マズイっ!!
激マズ!!
こんなもの食えやしない。。。

で、思い出した。。。そう、どういう訳か世間では子供の好きな食べ物はカレーとハンバーグとよく書かれているのを目にするが、わたしは子供の頃からカレーが大嫌いだった。。。わはははははははははははは

そう、家庭のカレーも、給食のカレーも大嫌いだった。。。もうマズくてとても食べものではないように思っていた。。。

それが働き始めて、嫌だと言うのに、先輩に、会社の地下食堂街にあったカレースタンドへ無理やり連れて行かれて、初めて食べたカレーの虜になった♪

なんて美味しいんだっ♪ それは衝撃だった。。。


それ以来、わたしはカレーマニアとなって、いろんなカレーチェーン店やインド料理レストランのカレーを食いまくった♪
そしてついに、カレーを作ってみようと思い立ったのだ。確かそれは19才くらいのことだ。
インド料理の本を購入して、香辛料を買い込んで作ったカレーはめちゃくちゃ辛かったが、めちゃくちゃ美味しかった♪(自画自賛。笑)
それこそが調理の原点となった。

そう、19才以降(多分、高校時代にはわたしが嫌うので、もはやうちではカレーは一切食卓に上らなくなっていたはずだ)、わたしは家庭で供されるようなインスタントルーを使ったカレーは食べたことがなかったのだ。。。
そして40年ぶりくらいに食べたS&Bカレーはやはり信じられないくらいマズかった。。。
あれはなんだ!? チキンラーメンやカップラーメンと、ラーメン屋のラーメンが似ても似つかないのと同じように、まったく別物だ。
子供の頃のわたしの味覚は正しかった訳だ。わはは
(※ちなみに、チリのレストランで使っていた韓国製のインスタントカレー粉は、まさに給食カレーの味だった。。。吐)


さて。。。話変わって、こんな仕事をしているといつも何の料理が一番得意?という質問を受ける。。。
間違っても寿司じゃない。わはは
だがいつも返答に困ってしまう。。。和洋中、なんだって適当に作れるが一番とか、二番とか考えたことがないからだ。

だがS&Bカレーを食って、決意した。わはははははははははは(←なに言うとんねん。笑)
そう、これからはカレーだと言おうと。


わたしの作るカレーは世界一美味しい!! わはははははははははは

いや、こういうことだ。わたしの好みに合うようなカレーはわたしにしか作れないということだ。
わたしにとって、世界で一番美味しいカレーはわたしの作るカレーだということだ。
誰もわたし以上に、わたしの好みに合ったカレーを作れる人はいないという、まあ、それだけのことだ。わはは
いや、言うとくけど美味しいで。

すき焼きもわたし以上にわたしの好みに作れる人はいないだろう。けれどすき焼きは料理というにはあまりにシンプルすぎる。わはは
ビーフシチューやテールシチューなどなどシチュー類にも自信はあるが、フォンドボーから取ったことはないし、そういう意味では他力本願なところがある上、世界にはわたしが作る以上に美味しいシチューを作れる人はいくらもいそうだ。わはははははははは
そんな訳でこれからはカレーで行こう♪

もう一度言うぞ、わたしの作るカレーは世界一美味しい!! わはははははははははは

 


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警鐘を鳴らすことの重要性を見失ってはいけない [4度目のコロンビア(2015)]

下の報告についてあちこちで異論・議論が喧しい。


福島の小児甲状腺がん「被曝による発生」〜医学誌に論文
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node%2F1984

議論が起こるのは素晴らしいことだが、事故以前の検査結果と比べた訳でもないのにとか、他県の10万人単位のスクリーニング検査と比較してから言えだのと、不可能なことを持ち出して、危険性を否定してしまうのは問題がある。
"風評被害"と言うのは事実無根のところで起こる主に商業上の概念だ。
だから福島の人々の健康状況について、"誇張"であるとか、"事実誤認"、"病い喧伝"の一種であるというような批判は可能であるとしても、"風評被害"という言葉は当たらない。どんな形であれ、被爆という事実は現実のものであり、それが何某かの健康被害を齎すであろうことは避けられない事実だろうからだ。福島に於ける"風評被害"という言葉は政府の隠蔽・事実瞞着、そして結局のところ被害を表面化しない為の、政府の責任逃れの為のレトリックであり、それに乗せられて言葉を使用すべきではない。


何度も書いてきたが、絶対安全基準などというものは存在しない。
インフルエンザウイルスに対する抵抗が個人によって異なるように、放射能被爆についても、個人差や被爆状況等の仔細差によって、発症については個人差があると考えるのが妥当だろう。従って、xxシーベルト以下なら安全だとかいう基準にはどんな保証もない。
それは絶対危険値がこのくらいだから、危険値の100分の一、1000分の一なら大丈夫だろうというような推測による基準でしかない。
甲状腺がんの増加傾向について、検査結果数値を基に、誤差や資料不足を謙虚に認めつつ、危険性を指摘したこの論文を誹謗する謂れはない。
これを否定して、発言を非難するなら、もうどんな警告も発することはできなくなる。
それは政府の片棒を担ぐことになるのだ。
10年先に癌発症率が異常に高くなった時に、被爆との因果関係は認められないとする政府側答弁を補強するかのような行為だと知るべきだ。
そしてその10年間にちゃんとした補償を受けられず、困窮し、絶望する人々に対する加害行為でもある。
結果論では遅きに失するのだ。

危険性を指摘する声を封殺するのは、津波なんて来ないと主張した人々に重ねることがでがきるし、全電源喪失なんて事態は起こりえないと主張した人々に重なる。
地震の予兆があるとする声に、地震なんぞいつでも予兆はあると言ったり、地震の予測なんぞできる訳がないと言ってみても仕方ない。
人々の側にできることは、過剰な怯え(パニック)に捉われず、各自ができる範囲で地震に備えて点検したり、避難準備を用意したりして出来るだけ危険性を回避すべく努力することだけだ。少なくとも危険性(地震)を否定することではない。

安全性というのは誰も保証できるものではない。
そして危険性というのは試されるものではないということだ。どのくらい危険かということを身を以て試す必要はないということだ。
危険性があるならば、それを避けるのが賢明だということだ。それは"風評被害"ではない。
それではやむを得ず現地に住まなければならない人々、現地で生計を立てざるを得ない人々の生活はどうなるのだっ!?という声は、危険性を指摘する人々に向けられるべきではなく、本来は政府に向けられるべき声なのだということに気付くべきだ。
政府は国家政策としての原発利用に責任を持つべき立場にある。東電だけの問題ではない。これは政府の国家政策だからだ。
本来、政府に向けられるべき声を、危険性を指摘する声をあげる人々に向けさせているのが、何度もいうように"風評被害"というレトリックだ。

10年先、20年先に渡って、政府は原発と癌との因果関係を認めようとはしないだろう。
それはかつての公害病訴訟を見れば明らかなことだ。(知らない人は、水俣病、イタイイタイ病について調べてみるといい)
因果関係は訴訟によってしか認められない。
政府や東電が自ら、はいそうですかと因果関係を認め、責任を認めると考えている人々は頭がどうかしている。
それらは数十年にも渡る集団訴訟によって、ようやく認められる可能性があるという程度に過ぎないのだ。
それを手助けしてはならない。
甲状腺がんや他のあらゆる癌、そして癌だけでなく、さまざまな発症で困難と困窮・絶望にさらされる人々を(原発とは何の因果関係もないと)加害するのではなく、そういう人々が一日でも早く政府の補償を受けられるように、危険性を指摘する声を受け止め、真実を知るためのさらなる調査を要求・実現して、政府の段階的補償を数十年にも渡る集団訴訟によらずに、まずは責任の所在論=因果関係の確立以前に、県内・県外のさまざまな疾患に対して、政府が(表現上では)援助すべきだという支援策を暫時的にでも決定させることが大切なのだ。

はっきり申し上げておくが、癌の発生と被爆の因果関係を明確に証明するなんてことはできやしない。。。。絶望的だがそれが事実だ。
水俣病やイタイイタイ病と違って、癌は普通に遍在する病だからだ。放射能も自然界を含めてどこにでも遍在する。
遺伝や原発事故以前の付近住民の日常的被爆を持ち出されたりしたら??
そもそも癌の因果関係を科学的に明確に証明するなんてことはできやしない。。。
タバコにしても、なんにしても、その発症は必然性ではなく、寧ろ、偶発性によっているとしか言えないからだ。
(※超ヘビースモーカーの人でも癌を発症しない人々が相当数いるということだ。)
従ってこの場合も、因果関係は統計学的に証明されるしか方法がない。。。
だからこそ、その統計を集めようとする初期活動を"危険性を喧伝する行為だ"と否定して掛かったのでは政府の御用聞きだと非難されても仕方ないだろうということに気付くべきなのだ。
危険性を否定しては、次なる統計には結びつかないという単純なことだ。
将来、2015年度の統計では有意な関係性は認められなかった(2015年の時点では有意な関係性を認めた"適切な"統計は存在しない)などと政府に答弁させない為にも、もしも統計に不足があるというならば、統計自体を否定するのではなく、さらなる統計を集める為の調査費用(当然、膨大な費用と年月を要する)を政府に対して要求すべきなのだ。

調査を縮小継続させるのではなく、拡充継続させる為には危険性の指摘こそが有意なのだ。
安全性の指摘はその対極にある。
辛くても苦くても、それは福島とその周辺の人々の為なのだ。
そして国民の権利として、五輪などに膨大な国家予算を費やすのではなく、福島の人々の生活に対する全的な補償と支援を求めるべきなのだ。

 

 

 

 

 


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コロンビア編後始末。 [4度目のコロンビア(2015)]

そんな訳で、コロンビア編を片付けねばなりません。。。ふぅ。 わはは

今回の3ヶ月に渡るメデジン滞在はいろいろあったけれど、意外にもストレスの少ない、順調な滞在となりました。
もちろん、すでにご存じのとおり、Camiloに辞められて、すっかりモチベーションはダダ下がりとなりましたが、そんなこと仕事だと割り切ればいいだけの話でして。。。

ただ残念なことに、そして申し訳ないことに、後任のシェフは使い物になりません。。。とほほ
無理。。。
1ヶ月半という短期間の所為もあるが、基本的には能力とセンスの問題。
そして料理に対する情熱の問題。

Camiloにはたくさんの問題があるけれど、彼は調理に情熱を持っている。時として平気でいい加減な仕事をするのはもうラティーノの宿命的性格かもしれないが、ともかくも調理に対する情熱を持っていることだけは確かなのだ。
けれど後任のシェフにはそれがまったくない。。。日本料理のことなんてまったく知らないのに、それがないと、何一つ知ろうとしない訳で、もうまったくどうしようもない。
しかも別に寿司、刺身に関わらずセンスがない。まったく調理に向いてない。仕事は遅くて汚い。。。工夫はゼロで、ただ作業として調理をするだけ。。。
真面目な青年だが、料理学校を出ただけでシェフになれるもんではない。
寿司も刺身も嫌いで(本人は嫌いだとは言わないのだが、見てれば分かる)、日本料理なんてまったく知らない自分がうまく出来ないのは当たり前、仕方ないと諦めている。
もうひとりの古株もダメ。。。仕事が汚い。見栄えが悪すぎる。。。

そんな訳で、残念ながら後任の育成は出来ず。。。
前にも書いた通り、もともとオーナーは寿司、生もの嫌いで、寿司を見るのも嫌という人だから、彼が寿司をメニューから外す日も遠くないと思われます。
もしそうならなかったら、来年辺りもう一度戻ってきて教えて欲しいと言われる可能性がなくもありませんが、その可能性は低いでしょう。
オーナーの別レストラン、アルゼンチンステーキの店が儲かりすぎて、しかも簡単で、シェフなんぞ1週間で一丁上がり的な促成ができるようす。
もう手間暇、時間かかって、面倒な割に儲けの出ない日本料理レストランなんぞお払い箱になってもおかしくありません。

そんな訳で、10月31日、メデジンを後にして、一路グラナダ(ニカラグア)へ。

メデジンはステキな街なのだけれど、もうそろそろいいかな。わははははははははははははははは


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